「眠れる森」
精液を出し尽くして、兄さんは眠っている。
僕は汗と体液にまみれた兄さんを清めてから、ぼんやりと窓の外を眺めた。
街は眠っている。ぽつぽつと灯がついている他は夜の静寂が圧倒している。ここはセントラルだから、もう数ブロック先の歓楽街の賑わいはこれからなのだろうが、そんな喧噪はここまで伝わってこない。時計の針の音すら聞き取れる静寂が部屋を満たしている。
今まで兄さんが眠った後の時間が大嫌いだった。
本を読んだり、修行したり、散歩したり、深夜映画を見に行ったり、ライブハウスで夜明かししたり色んな事をした。夜釣りの人につき合ったり、朝に備える新聞屋さんやパン屋さんを眺めたりして、長い長い夜の時間を埋めていたけれど、それから少しでも離れて兄さんの元への帰路を歩む時、田舎道で、石畳の上で、僕は夜の住人である事を実感していた。孤独という霧の中をひたひたと歩いていた。
ただ無意味に時間を埋める。
兄さんがいないという予行練習を毎日繰り返してるみたいな気分だった。
でも、やっと兄さんは僕に道を示してくれた。
この夜の先、僕の鎧の奥、血印の彼方。
そこに僕がいる。僕の身体が眠っている。
僕は兄さんを見下ろした。兄さんは安らかに眠っている。こんな顔は久しぶりだ。僕を元に戻せるという確信を得たせいかな。いつもは激しく抱いたって、何処か憂愁の影を漂わせていたのに。罪の墓を暴いて得た収穫は、兄さんが乗り越えたトラウマはそれだけ大きなものだったのだ。
単純に『前に進む』といっても、闇雲に歩くことは疲労を蓄積し、道に迷い、遂には自滅するか、歩けなくなるだけだ。大抵の人はそこでやめてしまう。
だけど、兄さんはそれができない。それを自分に許そうとも思っていない。僕もそれが解っているから、共に歩く。
だから、辛かった。僕らはただ結論を先延ばしにしているだけじゃないかって。
僕らは元になんか戻れなくて、罪と妥協の日常に沈んでいかざるを得ないんじゃないかって。
けど、違った。
眠れる森はあった。僕の身体がいる場所。兄さんの手足がクローバーの茂みに埋もれている場所。そこはまだ手は届かないけれど、深くて、辿り着くまでまだまだ迷うだろうけど、確かにその森の奥で僕らの訪れを待っている。
(兄さん……)
兄さんの額に汗で張り付いた金髪を、僕は優しく指で直した。
兄さんは血を混ぜる事によって、僕らの精神が混線し、リンクし合ってるかもと、言った。
兄さんの身体が、僕の栄養摂取や睡眠を補っているかも、と。
僕らは二人で一人前なんだから、と。
だとしたら、兄さんが眠っている間、兄さんの精神は、心は僕の身体の側にいるのだろうか。
共に森の中で寄り添って、深く甘いまどろみに揺れているのだろうか。
それとも、目覚めている僕の身体は、今の僕みたいに兄さんの『存在』を優しく見下ろしているのかも知れない。リンクしている兄さんの心を通 じて、僕の身体も兄さんを愛しく感じているのかも知れない。
心臓がドキドキするのはアドレナリンが分泌されるからであり、他にも色んな分泌物で身体は反応する。心の作用が体に影響を及ぼす。
でも、僕の身体はからっぽなのに、驚いたり、学んだり、悲しんだりする。今だって、兄さんを抱いて、途中で二人訳が解らなくなった。
おかしいよね。鎧なのに、冷静でいられなくて、興奮して我を忘れちゃうなんてさ。心臓も分泌物も性器もないのに、人間としての『欲望』は何一つ影響ないなんて。疼いて切なくて仕方ないなんて。
それはやっぱり僕の身体が兄さんを通じて、興奮してるからだよね。兄さんが気持ちがいい時、きっと僕も兄さんを感じて、身体が震えてるんだと思う。
深い深い眠れる森の底で。
したたるような翠の底で。
だから、やはりこの夜は孤独である事に変わりはないのだけれど、現実が揺らいだ訳では少しもないのだけれど、僕は以前よりずっと安らかに夜を過ごせるようになるだろう。
眠っている兄さんと寄り添って眠っている僕を感じて、幸せな思いに包まれるだろう。
いつか、本当に二人寄り添って眠れる日を夢見て。エンド
原作と設定がリンクした時の喜びって、同人屋しか解らない醍醐味でしょうね。
タイトルの「眠れる森」。TVも近親相姦ネタだったなー(笑)
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