「兄さん、早く」


  兄さんは時々、軍部の命令で一人で出かける。
 まぁ、それは仕方がない。そういう約束だもんね。
 兄さんは駅で別れる直前まで、それはヤな顔して、面倒臭いの、億劫だの、雨が降りそうだの、体調が悪いの、アルは冷たいの、あいつ(上司)の顔は見たくねぇの、色々ご託を並べて、単身赴任のサラリーマンか締切直前の作家のように渋るけど、僕は客車に押し込むようにして送り出す。
 僕だって離れたくないけど仕方ないもん。僕は国家錬金術師にはなれないんだから。
 兄さんも文句は垂れるけど、腹を括ってしまえば、結構乗り乗りで仕事をこなしてしまう。仕事の段取りは中尉に任せておけば、間違いないし、口喧嘩してても兄さんと大佐のコンビネーションは結構凄いんだ(後片付けするのは大変らしいけど)。
 その間、僕は宿屋で一人で待ってないといけない。兄さんが解りやすいように、駅の近くのB&Bに宿を取った。あれからもう1週間以上になる。
 兄さんの世話をしないと、僕は余りする事がない。兄さんが寝ている間は読書とか映画とか体術の稽古とかしてるけど、それが一日中となると、さすがにやる気が失せる。何をしても、何を見ても楽しくない。落ち込んでいる訳じゃないけど、張り合いがないんだ。気晴らしに街に出ても、兄さんがいないとジロジロ見られて何となくイヤだし、買い物だって、兄さんがいないと僕には特に必要な物もないしね。結局、部屋に籠もってしまう。活字を追うのも飽きて、ぼんやり空を眺めて終わってしまう日もザラだ。
 ハボックさん達から
『そんなに一緒にいて飽きねぇか?』
 と、聞かれたけど、不思議な事を言うなぁと思った。兄弟って飽きる飽きないの問題じゃないんじゃないかな。この状態が僕達は一番落ち着くし。端から見ると、そんなにベタベタしてるように見えるのかな。
 うるさいのがいなくて羽を伸ばすっていう気分が、僕にはよく解らない。
 育児は手が掛かるし、新婚気分が抜けると、夫婦は一人になりたい時もあるんだろうけど、僕らは生まれた時からずっと一緒が当たり前で『不在』の方が珍しい。兄さんと僕は性格は違うけど、別 々の部屋に引きこもって、たまに会った時だけ話すという、いわゆる『世間的』な兄弟じゃなかった。引きこもるには余りに僕らは世間から隔絶されていたし、趣味も好みも同じだった。ケンカだって一杯したけど、世界に二人だけじゃ完全な亀裂なんて起きようがない。
 だから、僕らは二人三脚で生きていく習慣がついていた。どっちがいなくてもダメ。どっちが欠けてもダメ。兄さんが動で僕が静。もう好きとか愛してるとか、そういう次元なんかじゃない。
 僕達は半身同志だ。僕が鎧になって余計そう感じる。だから、兄さんは僕の体をあんなに躍起になって取り戻そうとしてるんだろう。
 僕は空を見上げた。いい天気だ。空が青い。兄さんがいれば、ピクニックに誘うんだけど。でも、僕は何処にも行く気になれない。
 だって、僕は一人だと風の心地よさも感じない。景色も美しいと思えない。バスケットを開ける喜びも解らない。兄さんがいて、兄さんが楽しんで、それを通 して僕も一緒に世界を実感する。
 兄さんがいないと生きていけない!なんて子供っぽい事は言いたくないけど、こうやって取り残されてみるとつくづく僕の世界は兄さん中心に動いてるんだなぁと実感する。
 街には色んな仮装をした子供達であふれていた。魔法使い。吸血鬼。フランケンシュタイン。狼男。犬や猫の着ぐるみを着た子もいる。家々の玄関は黄色のカボチャで作った『ジャック・オー・ランタン』で飾られている。
(あ〜、そうだ。今日はハロウィーンなんだっけ)
 僕は微かに笑った。昔、ウィンリィや兄さんや村の子供達と思い思いの仮装をして、家々のドアを叩き
『トリック・オア・トリート!』(いたずらか、ごちそうか)
 と、叫んでは紙袋をお菓子で一杯にしてもらった。
 兄さんはお菓子を食べ過ぎて、大抵翌朝吐いたけど、この日ばかりは叱られない。真っ暗な森の中を抜ける時、本当にお化けが出そうで楽しかった。大きな篝火でかかしを焼いたり、焚き火を前に、青年団の人からすっごく怖い怪談をしてもらった。兄さんは平気な顔してたけど、僕がその夜怖いから一緒に寝ようと言ったら、大してからかいもせず、すぐベッドに入れてくれた。
 兄さんは
『吸血鬼は好きな相手に噛みついて、自分のものにしちゃうんだぞ』
 って、僕の首に噛みついたっけ。もう吸血鬼のメークを落としてた癖に。
(あれ?…えっと、それから兄さんは何て言ったっけ)
 僕は首を捻った。キスした事は覚えている。寒くってお互い毛布に深く潜り込んだ事も。
(…えっと)
 僕はハロウィーンの風景を眺めた。昔々、僕達がまだ無邪気だった頃。
 兄さんとの会話を全部覚えてられたらいいのにな、とふと思った。そうしたら、こんな時間も埋められるのに。
 僕は鏡に写る鎧の影を見た。いっそ街に繰り出してみようか。ハロウィーンの夜なら、誰だって僕を仮装だと思ってくれるだろう。兄さんのお菓子をもらってこようかな。兜の替わりにジャックをかぶっても面 白いかもとも思った。


 ちょっとの間だけ。


 退屈だ。
(兄さん、まだかなぁ)
 僕は窓枠に凭れて、猫のようにへばった。
 生身でも鎧でも関係ない。兄さんと一緒だったからこそ、ハロウィーンは楽しかったのだ。
 宿は静まり返っていた。こんな田舎だ。僕以外に滞在者はいないし、チェックインの時間にはまだ少し早い。
 こういう時、一番困る事は何か。
 宿の女主人がお節介な事だ。
 街の大きなホテルはいいんだ。従業員は「Don't Disturb」札さえ下げておけば放っておいてくれるから。
 でも田舎のB&B(ベッドと朝食のみの小さい宿)だったりすると、長期滞在者に興味を持ってウロウロしだす。僕はデカいし、見るからに変な客だから余計目立つんだろう。
 ノックの音がした。溜息は出るけど、つい僕は立ち上がる。こういう時
『うるせぇ。俺達の事は放っていてくれ! 手前ェの事だ!!』
 と、デカデカ扉に張り紙する兄さんは恥ずかしいけど、いて欲しい存在だ。
「はい?」
 僕が顔を出すと、宿の奥さんがにっこり笑って立っていた。いい人だ。いい人なんだけどね。
「今から洗濯するんだけど、あなたは?」
「…いえ、別に」
 僕はいつもの通り断った。鎧の僕にどんな洗濯物を期待してるんだろう。それに何となく仕事をするには、不向きな派手な服装だと思うけど気のせいかな。
「そう。遠慮なんかしなくていいのよ。男の人は汗掻くし、体臭がキツイし、毎日清潔にしないとダメなんだから。本当は相当洗濯物が溜まってるんじゃないの?私は今更男の下着を洗うくらい平気よ」
「は、はぁ」
 僕は曖昧に笑った。体臭なんて僕には縁がない。僕の方こそ兄さんの匂いを嗅ぎたいくらいだ。
「ところで、あなた、今日も朝食摂らなかったけど大丈夫?うちのご飯が気に入らない?卵が駄 目とかアレルギーがあるの?」
「え?……そんな事。ただ、その、食欲なくて」
「それは大変だわ、お医者さんを呼ばないと! 何処か痛いの?苦しい?目眩がする?」
 毎回使う遠慮の言葉を間違ったなと内心思った。
「いえ、大した事は…。ん〜、ちょっと昨夜食べ過ぎて、胃もたれするだけで…」
 食べ過ぎも、胃もたれも何年もなっていない。これも僕が戻った時になりたいもののリストに加えておこうかな。
「それは困ったわね。胃薬持ってきてあげる。よく効くのよ。二日酔いの薬も持ってきてあげましょうか? 駄 目よ、飲み過ぎは。いい若い者が毎日毎日、昼間っから部屋でゴロゴロしてるなんて不健康だと思ってたの」
「二日酔い?!」
 僕は戸惑った。僕はまだ未成年なんだけど。あれ、何処か酒臭いのかな?こういう時、匂いが解らないから困る。
「だって、軍人さんはお酒が好きでしょう? あなた、いつも夜出歩いてるしね。駄 目よ、深酒は。胃もたれだってそのせいよ。解るわ。やっぱり色々思い出してツライ事もあるのよね」
 そりゃ思い出したくない事は結構あるけど、酒に逃げられる体じゃないんだよね。それに軍人て何ですか? やっぱり全身機械鎧は傭兵や軍人に多いせいかな。
 でも。
「あ、あの、僕は軍属じゃないんですけど。あ、でも兄さんはそうです」
「そうなの。軍人は大変だけど、生活は保障されてるものね。あなたはもう退役なさったんでしょ? 大丈夫!若いうちならいくらでもやり直しは効くものよ。この街で仕事を探してらっしゃるの?」
「いえ。兄さんを待ってるんです」
 僕は困った。子供で機械鎧がフル装備の人間はまずいない。この場合、退役軍人で通 す方が楽だし、奥さんはそう決めてかかっている。だけど、僕は嘘をつくのがしんどいし、勝手に奥さんに話を広げられるとややこしい。田舎の町はそうでなくても話題に不足しているのだ。何でもハイハイと返事をしていると、尾鰭背鰭がついて、とんでもない事になってしまう。
 以前の事だけど、僕は10万人ものイシュヴァール人に取り囲まれた砦で孤軍奮闘し、名誉の負傷を追った英雄をうちの宿に泊めてるんだよと、宿のおばさんに吹聴されて大変な事になった。後になって必死で訂正したものの、まるで聞いてもらえず、村中の人からサインをねだられるわ、手柄話を聞かせろだの取り囲まれ、かといって、兄さんを待っている間は逃げ出す事も出来ない。結局、出張帰りで疲れ切った兄さんと夜逃げする羽目になってしまった。
『誰にでも、いい顔すんな!』
 と、兄さんにどれだけドヤされたか解らない。只でさえ兄さんは独占欲が強いのだ。僕が拾ってきた仔猫と本気で張り合うんだから困ってしまう。
「あら、まぁ。お兄さんもあなたに似て、偉丈夫な方なんでしょうね」
「ハハ…」
 僕は笑って誤魔化した。ここで正確な描写をした場合、後で兄さんが奥さんと話した時、うっかり奥さんがどんな事を言うか解らないからである。僕だって命は惜しい。
「私もねぇ、こんなご時世でしょ?亭主にも先立たれちゃったし、不安でねぇ。こんな商売一人でいつまでやっていけるか。頼もしい男の方が側にいてくれたらなぁっていつも思うのよ。軍人さんは怖いけど、身内に一人いるとよかったなって最近つくづく思うようになったの」
「……はぁ」
「ところで機械鎧って、お高いの?」
「はぁ? まぁ、そうですね」
 突然話題が飛んだので僕は面食らった。兄さんは無茶ばっかりウィンリィに頼むので特急料金とか追加料金を取られてるけど、それでも世間の相場よりかなり負けてもらってる事を僕は知ってる。現実に機械鎧は庶民にとって高値の花だけど、絶対買えない額じゃない。でないと、ラッシュバレーが繁盛し続ける訳ないもんね。
「あなたみたいなフル装備だと、そうねぇ、結構上の階級でいらっしゃったんでしょ、若いのに? この腕なんて凄い。タフなんでしょうねぇ、ホント」
 奥さんはああ、今日は暑いわねぇと言って、髪をうなじから払った。ホークアイ中尉がすれば、きっと色っぽかったんだろうけど、僕はああそうか、今日は暑いのかとしか思わなかった。明日から11月だけど。
(明日から11月。あれ、何だっけ?大切な事、何か思い出しかけた気がする)
「東の内乱はもの凄かったって聞いてるけど、噂ばかりでね。新聞は当てにならないし。ここで立ち話も何だし、中でお話聞けないかしら? やっぱり、ね。大きな声じゃ言えない事もありますしね。
 お酒に溺れるのも、心にたくさん積もってるものがあるからでしょ?ツライわよね。苦しいわよね。こういう時は自分に第三者の人間が一番話しやすいんですって。すっかり話せば少しは楽になるわよ。私も色々苦労してきたから大丈夫。何を聞いても他人には黙っておいてあげるわ。あなたと私だけの秘密にしておいておげる」
「え…?ちょ、ちょっと待って。僕、酔ってません、ホントに!」
 スルリと猫のように部屋に入ろうとする奥さんを僕は必死で止めた。奥さんはいい人だけど、部屋の中に入れるのは困る。今、兄さんが帰ってきたら言い訳できない。絶対に修羅場だ。
 大体、奥さんの何処か探りを入れているような口調が気に入らない。退役軍人とか、お金の話とか、絶対に僕を目踏みしてる。考えたくないけど、僕を誘惑しにかかってるんじゃないだろうか。僕が実はからっぽの鎧なんて思ってもいないだろうし。
 奥さんの目つきはまるで魔女だった。いくら今日がハロウィーンでも悪い冗談だ。
 ああ、やっぱり散歩に出ればよかった。
「別に何もしないわよ。いやぁねぇ。軍人さんなのに結構うぶなのね。かわいい事。声もかわいいし。まるで男の子みたい。まさか、アッチも取っちゃったって事ないわよね」
 こういう質問には、どう答えたらいいんだろう。全部持ってかれました、でこの人、意味が解るのかな。
 そうです、アッチもないんです。でも、僕は兄さんとするのは不自由してません。兄さんは僕の指だけで充分みたいです。
「幸い、今、宿には私達しかいないし。内緒話には絶好だわ」
 何が『幸い』だ。冗談じゃない。全身機械鎧で、何日間も真っ昼間、部屋に籠もってて、そんなに女に飢えてるように見えてるのかな。若い男ってみんなそうなの?
 僕は兄さん以外興味はない。兄さんとしかしたくない。僕はおかしいのかな。でも、そうなんだ、昔っから。
「すいません。僕、困るんです。ごめんなさい。僕、兄さんを待ってたいんです。一人でいいんです。それに酔ってなんかいません」
「まぁ、私、何もお節介焼くつもりはないのよ。ただ、あなたが余り淋しそうにしてるもんだから。つい、ね」
 奥さんはにこやかに笑った。でも、魔女みたいなまなざしは変わらなかった。
 その赤い口紅の色も。延びてきた手も。
「いいんです! だって、だって、僕、14歳だからっ!!」
 奥さんの手が空中で止まった。


「………また、悪い冗談だわ。あなたみたいな子供がいる訳ないでしょう?こんな大きな…」
「本当です! 僕、まだ子供なんです。お酒も飲めないし、女の子とも一度もつき合った事ありません!」
「まぁ、驚いた…」
 奥さんは本当に驚いたように目を見張った。僕に喉があったら、大きく唾を飲み込んでいた事だろう。
 が、奥さんは笑って僕の胸に手を掛けた。
「今時、そんな事言って誤魔化そうとするなんて、あなた、本当に坊やなのねぇ。まぁ…本当に色んな意味で食べちゃいたい」
(ああ、『坊や』の意味が違う!)
 僕は泣けるものなら、泣き出したかった。全部言ってしまえたら。僕の正体、僕の中身。あなたの望むものなんか僕にはないんだ。僕にはついてないんだ。僕はからっぽなんだ。
 お金もないし、戦功も上げてない。あなたが予想してる好色でタフで傷だらけの退役軍人はこの中にはいないんだ。
 僕の中に一杯あるのは、兄さんだけだ。兄さんへの想いだけ。
 そんなもんだけで僕は生きてるんだ。
 だけど、言えない。僕はここにいなきゃいけない。この人をびっくりさせたり、怖がらせて、街を出る羽目になりたくない。僕は兄さんを待たないといけないんだから。
「いいのよ、坊や。まず、その顔を見せてちょうだいな」
 奥さんは僕の兜に手を伸ばした。僕は慌てて兜を両手で掴む。
「駄目です!」
 奥さんが見たら、絶対卒倒してしまう。
「あら、私、ちょっとくらい怖い顔でも驚かないわよ」
「駄目ですって!」
 僕はもがいた。突き放せたらいいが、女の人に乱暴は出来ない。奥さんは笑ってる。僕がふざけていると思ってるんだ。ふざけているのは奥さんの方なのに。
(どうしよう)



 その瞬間、もの凄い音がして、窓から真っ黒なものが飛び込んできた。


 黒い服。黒いマント。口に光るのは白い犬歯。そして、燃えるように輝いている金色の瞳。


(吸血鬼!)


 奥さんは悲鳴を上げた。


「…………………アル」
 これ以上はない程、低音で冷ややかな声が僕を突き刺した。


「誰、その女……」
「に、兄さんっ………!」


 僕の耳にスタッフサービスのBGMが流れ出した。





「大体、お前は隙が多すぎんだよっ!」
 兄さんはベッドの上でふて腐れていた。
 結局、僕らはあの宿は引き払い、今は別の宿にいる。
(それは兄さんもそうだと思うけどなぁ)
 と、僕は思ったけど黙っていた。やっと会えたのに、これ以上ケンカしたくないもんね。
「だって、鎧に言い寄ってくる人がいるなんて思いもしなかったんだ」
「じゃ、いっつも鎧に欲情してる俺は何なんだよ!」
 兄さんから枕が飛んできた。
「もう、枕が破れるよ?」
「うるせぇ、バカアル。変なオニババとじゃれついてやがって、せっかく俺が必死で仕事を片づけて帰ってきたのに……」
「だから、ごめんて。ごめんなさ〜い!」
 僕は声を張り上げた。
「僕だって、あんな魔女みたいな人ヤダもん。兄さんこそ、何その格好。ハロウィーンだからって、僕を驚かせるつもりだったの?」
「好きでこんな格好する訳ないだろう! 仕事だよ、仕事! 俺もなぁ、職場で色々ツライんだよ!服は洗濯機に入れられちまって、明日にならないと駄 目なんだとさ、くそっ! 明日、司令部に取りに行かないと。お前に会いたいから、一番マシな奴着てきたんだ」
 僕は兄さんのトランクを開けた。猫耳とかしっぽとか、コウモリの羽とか色々詰まっている。一体どんな仕事をしてきたんだろう。聞くのが怖い。
「そういえばさ、兄さん、昔、吸血鬼の格好した時あったよね」
「ああ、えっと、最後のハロウィーンだから10歳の時かな」
「あの時ね、兄さん、ベッドの中で僕に噛みついて、
『吸血鬼は好きな相手に噛みついて、自分のものにしちゃうんだぞ』
って、言ったの覚えてる?」
 兄さんはにんまり笑った。
「ああ、忘れてねぇよ」
 僕は感心した。兄さんはこんな時、僕よりずっと記憶力がいい。
「その後、何て言ったか覚えてる?」
「ああ。お前がさ
『吸血鬼って、こうやって仲間を増やすんだね』
って、言ったんだ。
 だから、俺は言った。
『俺は一人でいい』って。
『永遠に生きていくのはキツイから、一緒にいるのは一番好きな奴だけでいい』って」
「……そっか、そうだったっけ」
 僕は記憶を反芻した。僕が噛みつかれた時、本当に言いたかった言葉が蘇る。兄さんにうなじを噛みつかれて、くすぐったくて、でも、何だか背筋から尾てい骨にかけて、ビリビリッて電流のようなものが走って、気持ちよくて、だから、照れ臭くて言葉をすり替えた。
「あのね、兄さん」
「ん?」
「僕ね、本当はこう言いたかったんだ。
『兄さんのものにして』って。
 今、考えるとすっごいストレートなんだけどさ。本当にそう思ったんだ。吸血鬼になってもいいって意味だったのか、そのままの意味なのか、うん、多分両方」
 兄さんは呆れて僕を見た。
「…お前って、本当、時々はっきり恥ずかしい事平気で言うよな」
「……うん、でも、本当だもん」
「まぁ、じゃ、俺はお前の希望をかなえたって訳だ」
「何で?」
「だって、お前を初めて抱いたのって、その翌朝だもん。お前、初めて勃起しただろ。朝立ち。俺がなったのはその三ヶ月前だから、ちょっと焦ったよなぁ。もう追いついたのかって」
「え〜〜、そうだったっけ!?」
「だから、会話覚えてるんだよ」
「そっかぁ」
 僕は頭を掻いた。引っかかっていた毛玉がやっとほどけた気がする。兄と初めて結ばれた朝の事は忘れた事はないが、ハロウィーンとは結びつけて考えてなかった。朝の方の印象が強すぎたせいだろう。
「だけどなぁ、つまんねぇ」
 兄さんは僕の膝によじ登ってきた。僕の首に歯を立てる。カチンと音がした。
「吸血鬼も鎧だけには噛みつけないんだよなぁ。お前を一番仲間にしたいのにさ」
「いつか、また噛みついてよ」
「ああ、絶対な」
 僕は兄さんの服の裾から素肌に手を滑らせた。兄さんの身体がビクンと震える。
「じゃ、今は
『トリック・オア・トリート?』(いたずらか、ごちそうか)」
「両方」
 兄さんは笑って、僕に身を任せた。

エンド



 ハロウィーン記念。 本当は奥さんでなく、ご主人にしたかったが、思いつかなかったんで。
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