「鬼の首でも取ったように」

 

(この話は、お題12「なんだよ それ」の続編です。それを読んだ後、お読み下さい)

 

「あのー……」
 ノックの後、アルフォンス=エルリックはエヘヘと照れたように執務室を覗き込んだ。相変わらず、5時過ぎないとエンジンのかからないロイは机の上に両足を放り出したまま、こちらを見返す。
「何だ、珍しいな、一人かね?今日は鋼のは?」
「いえ、一緒ですけど。お邪魔じゃないですか?今、執務中だってフェリー曹長が」
「ああ、その通りだ」
「いいんだよ、アル。ホークアイ中尉が出かけてるんでサボってんだろ?」
 鎧の後ろで不機嫌な声がする。ロイはニヤリと笑った。
「何、仕事の切りがついた所だ。何だね、二人とも?」
 ロイは椅子にきちんと座り直した。
「ええ、昨日の兄さんの大暴れについて、ちゃんと謝っておこうと思って。ほら、兄さん、入って」
 アルフォンスは振り向くと、渋っている兄の背を押した。エドは相変わらず胡乱げなまなざしで大佐を見る。アルは扉を閉めた。
「ほぉ、謝りにか。それは殊勝な心がけだ。お陰様で2,3階の東翼が全壊したからな。だが、新築同様に修復してもらったから、大して文句も出ていない。安心したまえ。全く、君達のおかげでリフォームの手間が省けるというものだ」
 いつもの皮肉の羅列にエドワードはすぐさま反応する。
「あのな!あんたがアルに変な入れ知恵しなけりゃ…!」
「兄さん」
 アルの低いたしなめ声にエドは押し黙った。ロイは少し眉を上げる。
(ほぉ、珍しく素直だ。これはよっぽどこっぴどく弟に説教されたらしいな )
 小さなエドが正座して、大きな鎧の弟にクドクド説教されている図は想像するだにおかしい。我が強く、四六時中、瞬間湯沸かし器のようなこの少年が、弟の言葉だけは耳を傾ける。
『そんなの滅多にないですよ』
 と、アルは笑うかも知れないが、他人からしてみれば、それでも充分驚異だ。
「まぁ、謝罪は伺っておこう」
「………うー…やっぱりあんたに言うのは癪に障るけど…まぁ、その…ありがとよ…」
「ん?」
 ロイは眉を上げた。今のは謝罪ではなく、感謝の言葉ではないか?何故、エドワードに礼を言われなければならないのだ。
「どうも言葉が違うようだが」
「ああ…アルの手を指サックにしろなんて、最初は俺のかわいい弟に何ほざいてんだと思ったけどよ……まあ、その、結構よかったし…俺も大人げなかったかな…と」
 エドは真っ赤になって、そっぽを向いたまま、ボソボソと言葉を繋げる。ロイの額に縦線が入った。昨日の今日でこの心変わり。それは要するに
「まさか、アルフォンス君。君は本当に私の冗談…いや、助言を実行したのかね」
「はい、もちろん」
 アルは手を見せた。ロイの顔から血の気が引く。なめし革の指や手のひらは素晴らしい幾何学模様状のイボでびっしりと覆われていた。なめし革というのは意外に滑りやすい。指サック状の手は確かに滑り止めとして効果 があるだろうが、同時にあんな手で触れられたエドワードがどれ程乱れるか、自分で考えた事とはいえ、想像するだに鼻血が出る。
「まさか……本当に使っちゃったのかね……その、昨晩?」
「はぁ、何事も探求心旺盛なのが錬金術師ですから。ね、兄さん?」
「……………バカ。お前は研究熱心過ぎんだよ」
「だって、さ。へへ。ゴメンね、寝不足にしちゃって。目がうさぎさんみたいだ」
「バカ…………いいよ。目が赤いのは、寝不足だけじゃ、ないだろ?」
「やだ、はっきり言わないでよ、兄さん」
 ロイのうなじと背筋が悪寒と冷や汗でチクチクする。
(うわぁ、あの野良猫がデレデレに蕩かされてるよ。いつもうっとおしい位、ベタベタしてるけど、今日のもうそこだけ日溜まりみたいな空気は何なんだよ。何より鋼のが自主的に謝りに来るっつー心境の変化は何なんだよ。って、本当の本当にデキてたんかい。思いっきり冗談で言ったこっちの立場はどうなるんだよ)
『うなぎを食べた翌日は 父さん 母さん 仲がいい』
 という下らないポスターが頭をよぎる。
「とにかく今回は、その礼を言うぜ。アル、もういいだろ?早く宿に帰ろうぜ?」
「え? 図書館には寄らないの?」
「んなの、今日は…もういいよ。それよか早く、さ………お前と、な?」
「もう兄さんたら。あの…大佐。本当に昨日はすいませんでした。勤務中、お時間取って戴けてありがとうございます」
「……………………」
 アルがきちんとお辞儀をしようとするのを急かすように、エドは弟の飾り布をグイグイ引っ張った。
「あの……どうも…すいません」
 アルは困ったように恐縮し、ドアから半分身体を出して、どうもどうもと手を振った。
「……………………」
 ドアがばたんと閉まった。

 

 

「イヤ--------ッ! やめて----っ! 不潔、不潔よ----っ!!!」

 

 執務室で女子高生のような悲鳴が響き渡った。

 

 

「あっははははーっ! ざまーみろっ、エロ大佐!」
 絶叫を確認し、エドワードは鬼の首を取ったように勝ち誇っていた。
「やだなぁ。僕、すっごい恥ずかしかったよ。でも、大佐って意外に乙女なとこあるね」
「人をいつも子供扱いするからこーなるんだ。へへっ、俺様を嘗めんなよ!」
「やれやれ」
 アルは苦笑した。兄は殴られたら、絶対殴り返す。アルは喧嘩の勝ち方のコツを知っているからいいが、大佐も気の毒に。だが、大佐の事だ。いつか絶対兄に仕返しするだろう。
  中尉の『二人とも同レベル』という一言が身に染みる。
「でも、この手、どうしよっか。確かに物掴むのに都合がいいんだけど、大佐に知られちゃったからな。やっぱりちょっと恥ずかしいよねぇ」
 エドがピタリと立ち止まった。背中が告げる。
「…………いや……それはそのままで…いいから」
(わぁ、マジだよ、兄さん)
 アルは笑う。そして、兄を悦ばせる為にもっと努力しようと、固く沈む夕日に誓うのだった。

エンド

 

バカ話(すまない、大佐)
24話が余りにしょぼちんだったので、いちゃいちゃが見たいと下らない邪心の赴くまま書きました。
お母さん、ごめんなさい。

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