王子と姫君

 

 ここはとある国のとある城の前。
 ロイ王子とそのお着きの面々は非常に渋い顔で、その前に立っていた。
「…またイバラの城か。これで7つ目じゃないか。この東部には呪いの城がまだいくつあるんだ?」
 今からこの城に突入しなければならないロイは憮然たる面もちで城を睥睨していた。
「後、13ですね。因みに氷系、砂、泥系は含めておりません」
 いつも冷静で有能な秘書であるホークアイは淡々と事実を述べた。
「これだからファンタジーは適当で嫌なんだ。だいたい人が千回挑まないと、イバラの門が開かないという呪いもナンセンスだな」
 犠牲となった諸国の王子達は棘に巻き込まれ、無惨な白骨姿を晒している。人助けどころか、2次災害ではないか。美しい姫が捕らわれているとはいえ、もう少し救出者に知恵と用心があってもいいようなものだが。
「要するにキリバン取らないと、欲しい物は手に入らないという事だな。全く痛ましい事だ。面 倒臭いし。……ところで、そろそろお茶の時間じゃないか?」
「苦労してカウンターを回したのは、王子でなくて俺なんですから絶対行って下さいね!」
 ブレダがフェリーに棘を抜いてもらいながら、涙目で訴えるのをロイは上司として無視した。いちいち部下の泣き言を聞いていては立派な支配者にはなれない。
「王子はお茶の時間が多すぎます。サラッと本音を言うのも止めて下さい。六時から会議ですから、さっさと片づけてきて下さいね」
「やれやれ」
 ロイは頭を掻いた。王子とはいえ、ロイは現在王位継承者9位である。今の王権をぶっ倒して、王座奪還するには様々な難問が控えていた。目障りな上の王子達にいなくなって戴くのが、一番早道だが、今はまだ時期尚早だ。それに帝王ブラッドレイは能力主義者で、機敏で優秀な王子ならば、順当に上に繰り上がる事が出来た。
  元々、地方豪族の娘の一夜の過ちに過ぎなかったロイが、継承権58位からスピード出世で上がってこれたのも、ブラッドレイの『バカにゃ継がせないよ』という、非常に解りやすく納得の行く政策のおかげであった。
 ロイには焔を自在に操るという『魔法じゃないよ、錬金術だよ』という特技がある。それを生かし、こんな茨の城を開放するのも、その実力を世間に知らしめる為だった。
 とはいえ『そりゃ、便利だね。わっはっは。これからも頑張れよ、息子よ』なーんて言われて、体よくセントラルから追い払われている気がする。呪いの城解放といえば、聞こえはいいが、要するにドサ回りではないか。
「………また、戦争でもあれば、ちゃちゃっと上に上がれるんだけどなぁ」
「王子、不適当な発言はお慎み下さい」
「やれやれ。で、今回のターゲットは?またブタゴリラみたいな女とか、全員既に餓死や凍死とかでは困るぞ」
「裏ページみたいに、こういうのは入ってみないと外側からは解りかねますので、仕事と割り切って下さい、王子」
 ホークアイは資料のファイルを渡した。ロイはまず肖像画を取り上げる。思わずホォと声が漏れた。大した美人だ。長い蜂蜜色の髪を後ろで一つのお下げにし、目は澄んだ琥珀色がかった金瞳。肌は白く、幼いながらも将来はさぞやと思わせる繊細な顔。キツく挑戦的なまなざし。まとわりつくドレスも隠しきれないしなやかな無駄 のない身体。はっきり言ってヨダレが出そうな程、好みだ。
 ただ、挑戦的というより、威嚇に見えるほど強い視線は何を見ているのか。そのくせ、全体的に憂いの影がまとわりついている。まるで脆くて壊れそうなものを必死に隠しているかのようだ。それは王女の第一印象と余りに不釣り合いで、棘のように気にかかった。
 王家の肖像画は普通、ごてごてと無駄に豪華な家具やら花瓶やら高級な愛玩犬に囲まれているものだが、この絵は珍しく回りに比較対象物がない。美しい緞帳の前にやや憮然として、立っているだけだ。しかし、立ち姿は凛として美しい。武芸でも嗜んでいるのだろうか。手足の長さからいって、やや小作りな印象を受ける。女にしてはちょっと貧乳なのが残念だ。
「小柄な美人だな。15歳か………」
「対象年齢から、少しはずれてますね、お気の毒です」
「君の言葉には同情心のかけらもないな」
「女の寝込みを襲う男は、夜這いというんです。御存知でしたか?」
「苦労して助けに行って、キスして起こして、何もしない男の方がよっぽどどうかしていると私は思うな」
「王子はきっとそうやって王様から種をもらって生まれたという訳ですね。黒髪黒瞳だけど、本当に親子かと疑っておりましたが、今、実感できました」
「……君には情け容赦というものがないのか」
「女の敵に対してはありません。私もそうやって生まれたものですから。
 残念ながら、この国に女性に王位継承権はありませんので、王族関係の仕事をしております」
「ええっ!? じゃ、じゃあ君と私は兄妹!?そ、そういえばどことなく…父君も金髪が好きだし」
「身辺が常にやましくて、そういう事をすぐ本気になさるあたりも親子ですね。全くの冗談ですから先を続けませんか?」
「…………で、姫君の名前は?」
「エドワード=エルリックです」
「エドワード姫か。…エドワード。男名だな」
「男ですので」
「…………………」
「…………………」
 ロイは肖像画を穴が開くほど見つめた。
「姫ではないのか?」
「王子です。姫としてお育ちの事もありとの事で、今回は書類不備ではありません。その事情に関する特別 な追記はありません。呪いを受けて4年。このケースでは短い方ですね。
 救出は女性に限るとの条件は王子から伺っておりませんので、あしからず」
「しかし、普通、呪いの城には姫君が囚われているんじゃないか?」
「今更、話が違うと言われても困ります。時間が押しておりますのお早く」
「だが、私の守備範囲は…」
「人命救助に守備範囲など、非人道的なものさしをお持ちこみになりませんよう。仕事です、仕事」
「そうですよ、王子。早くセントラルへ帰りましょう」
「そうッスよ。酒や煙草のいい銘柄も手に入りにくいスからね」
「……あー、解った、解った」
 ファルマンやハボックにまで詰られて、ロイは仕方なく城門へ向かった。ハリネズミになったブレダのおかげで、茨の門はあっさりと開いた。ロイは傷一つなく城の中に入る。
  本当は茨など指パッチンで燃やすのが一番手っ取り早いのだが、城ごと燃やしては元も子もない。姫君はエレベーターもない城の塔の最上階にいる。徒歩でそれを昇らねばならぬ と思えば、溜息も出ようというものだ。
(最初は筋肉痛で悩んだもんだな)
 連日の『登山』で最近ふくらはぎが立派になってきたようだ。以前は塔を降りる時、膝が笑ってしまい、姫君と一緒に塔から転がり落ちた事もあったものだが、今は塔の一つや二つ息切れ一つなく登れる。呪いの城攻略というより、身体を鍛えにきているようなものだ。
『いーじゃねえか。ひよわな黒豆から卒業できて』
『俺を黒豆と呼ぶなと言ったろう、ヒューズ!』
『何で? ツヤツヤの黒髪。甘いがほんのり香ばしく、皮はツルッと脱ぎっぷりもいいし、出来上がるまでにやたら手間がかかる所まで、お前そっくりじゃないか』
『誰の脱ぎっぷりがいいって?!』
『とりあえず、生半可な体力じゃ野心なんて持てないぜ。いい方に考えるんだな』
 口の悪い学友のヒューズから笑われっぱなしなのも癪に障る。苦労の割にロクな美人がいないのも、ロイのやる気を削ぐ一因となっていた。
(まぁ、美形と解っているだけ今回はマシか)
 あの肖像画が、見合い用大修正の入った絵でない事を神に祈った。
(しかし、妙だな)
 ロイはエントランスから中庭を抜け、塔に向かいながら思った。
 城に人がいない。普通、兵士や女官に至るまで、小さな城でも5,60人はいる筈なのに、ここには全く人気がない。何処にも呪いの余波で寝こけている者はいなかった。鳩も動物の影もない。庭もボウボウだし、まるで廃墟だ。呪い以前に、ここには人の住んでいた気配がない。
  辛うじて、台所や小さな居間などに微かな形跡は残されていた。そこだけは埃をうっすらとかぶってはいても、こざっぱりと清潔に保たれていたのが解る。それでもやはり、全体的にがらんどうの空き家の感は否めない。
(まさか…こんな巨大な城に姫君がたった一人で暮らしていたのか?)
 そんな事はあるまい。造りも見事で、歴史ある立派な城だ。歴代の王に仕える古い家臣も多かっただろう。その彼らが全て逃げてしまう程の、どんな呪いがこの城に降りかかったのか。
 ロイは自分の部下の忠誠心を疑った事はない。そうでなければ、玉座を狙うなど平気で部下に漏らせる訳がないのだ。
(痛ましいな)
 見もせぬ幼い姫を少し哀れに思った。どんな人間でも誰かといなければ耐えられない。あの威嚇的なまなざしは、世間に対する精一杯の虚栄なのだろうか。
(しかし、あの絵を描いた時には家臣がいたんだ)
 どうも解せない。いつもの魔女のくだらない嫉妬のような呪いとは違うのだろうか。
 長い長い螺旋階段をうんざりしながら昇り、ようやく塔の最上階に辿り着いた。重い木の扉を開ける。
 塔の中の小部屋はシン…としていた。小さな机、椅子、そして薄い天蓋に覆われた優雅な寝台がある。姫の残り香か、いい匂いがした。
 天蓋には、小柄で美しい人影が透けて見えた。
(さて、ここまでわざわざ、この私を来させた甲斐があって欲しいものだ)
 ロイは静かに天蓋を持ち上げた。思わず息を飲む。肖像画など、どう正確に模写 しようが所詮絵に過ぎない。
 ただ美しかった。長い透き通るような金髪。白い肌。薄いまぶた。ほんのりと桜色の唇。男にしては長いまつげ。整った繊細な顔立ち。少年の若木のような肉体はまだ中性的な匂いを残し、セクシャルと呼ぶぎりぎりに踏みとどまっている。シンプルだが、優雅なドレスをまとって寝台に横たわる姿は人形のようだ。
(……これは、想像以上だな。神が妬んで呪いを受ける運命に堕ちるのも当然か)
 あの印象的なきついまなざしが閉じられていると、まるで少女のようだ。少し眉の当たりに愁いの影がある。4年たっても、眠りの中にいても、悲しみからは逃れられなかったのだろう。その儚い感じが一層美しさに磨きをかけていたが、ロイはそれが少し気になった。指を伸ばし、そっと目元を撫でてやる。
 気持ちがいいのか、エドの目元が弛んだ。微かに身じろぎし、また深い眠りに落ちていく。彼は少しホッとした。
(ほぉ…感覚があるのか)
 ロイは驚いた。今までの姫君達はキスするまで、何をしても反応を示さなかった。呪いは封印のように彼女らの身体を縛り、現世から遠ざける。眠りは不老不死を約束するが、殻の中の真珠と同じだ。誰かがこじ開けるまで、輝いたりはしない。
 だが、この少年の呪いは少し違う。
 ロイはそう思いながら、ふと自分の指を見た。
(何を優しい気持ちになってるんだ、俺は。これは男じゃないか)
 いちいち他人の呪いなど気にしていては、仕事がはかどらない。これは野望への階段の一つに過ぎない。さっさとキスして、目覚めさせ、この呪いの城を焼いてしまわなければ。
 しかし、この少年の表情は気にかかる。
(まだ、ガキなんだがな)
 ロイはじっと少年を覗き込んだ。エドワード=エルリックといった。名前からして、確かに王族にふさわしい名だ。あのまなざしは確かに男だ。こんなドレスより王子の正装の方が似合うだろう。
(しかし、な)
 それでも、何故少年はこのドレスをまとったのだろう。姫君となってまで。
 ロイはそっとエドの頬に手を触れた。

続く!

 

更紗ミサさんとの相互リンク記念、2年ごしの約束をやっと果 たします。
(ごめんね、これ、本当はパーヒュなのよ、更紗さん)
更紗さんは今、ロイエドもやってるからいいよね、ね?
はい、パラレルです。原作にそってロイエドをやると、どーしてもアルの事で頭がグルングルンになるので、あっさり投げました。
ああ、私って根底からアルエドアルなんだわー。
その代わり、これはバッチリロイエドです。よーし! 当分連載。

 

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