「スケ番刑事」


 路地裏でうたた寝してたら、補導されてしまった。


 大体、夜遅く駅前にたむろしていたとか、ケータイしてたとか、道端でボケッとしていたとか位 で、何であんなに目くじら立てるんだろうな。別に援交してたとか、ヤク売ってるとか、使用済み下着売り捌いてる訳でもないのによ。
 そりゃ、酒も煙草もやった事はあるし、俺には酒なんて水も同然の体質である事だけは解ったが、盛り場で管巻いて、大乱闘やらかすガキの時代は少し前に卒業した。
 大人だって家に帰りたくない時はあるだろう。子供だって家にいたくない理由はあるんだ。他人にはっきり納得させるだけの理由じゃないかも知れないし、それすら持ち合わせていない事もあるけれど、自分の中ではその漫然としたものでも結構譲れないものなんだ。
 第一、家庭内とかの事、見ず知らずの他人に誰が言うもんかって。
 なのに、子供は何があろうと、夜は家でねんねしろとさ。そんなの幼稚園児に言ってやれ。
 俺はただ路地裏で行き場がなくて、猫と一緒に居眠りしてただけだ。煙草だって吸っちゃいない。コンビニとか人が大勢集まる所は俺の趣味じゃないからな。
 誰に迷惑をかけた覚えもないのに補導された。何て事だ。
『理由もなく、補導すんのかよ、あんたら』
 と、しかるべく抗議したら、楯突いたから『公務執行妨害』だって。何だ、そりゃ?
 補導員にしたって『匂い』が違う。数が多すぎるのも気に入らない。10人ばかりぶっ倒して逃げかけたが、おかしなガス嗅がされて気を失っちまった。チッ、みっともねぇ。



 気づいたら、ベレー帽をかぶり、鼓笛隊みたいなコートを着た変な野郎と二人きりだった。脱出を考えて、周囲に目を走らせたが、あるのは天井の蛍光灯と机だけ。ドア以外窓もない。完全な密室だ。


「やぁやぁ、悪いねぇ。君、本当に強いなぁ。あんまり手荒な事したくなかったんだけど、うちの精鋭達をあんなに簡単にやっつけるとは驚いたよ。 よろしく、僕はコムイ。コムイ・リーだ」


 奴は俺を見てニッコリ笑った。俺は顔を思い切り顰める。最後に黒いベンツから現れて、俺の鼻先でガスを嗅がせたのが、この男の顔だったのを思い出したからだ。
「何の用だよ」
 自己紹介はしなかった。こういうお出迎えの場合、俺の事は調査済みだろうし、俺を拉致してる癖に気さくな態度を取ろうとする野郎など信用ならないからだ。

「うん。一緒に正義を守らないかな〜と思って」

 俺は一瞬コムイのいう言葉が理解できなかった。これ程、無法なやり方で俺を誘拐しておいて、何処に正義があるというんだ。
「手前、寝惚けてんのか?誰がそんな一文にもならない事するかよ」
「君、度胸あるねぇ。そういうリアクション好きだよ」
 コムイはそう言ってまたニッコリ笑った。俺にコーヒーを勧めながら、招待の理由を話し始める。

 最近、異常な程、犯罪が増加しているが、敵のガードが堅くなかなかしっぽを掴ませない。捜査員を潜入させると何故かすぐバレて、消息を絶つので、内通 者の可能性がある。
 そこで極秘に上層部から、腕が立ち、頭脳明晰で、容姿可憐な女子学生を密かに集め、囮捜査をやらせる内示が下った。俺の喧嘩の腕や学校の成績、家庭環境は既に調べ尽くされ、今回、仲間達を含めて白羽の矢が当たったそうだ。

「勿論、君の1週間のオナニーの回数まで知ってるよ、神田クン」

 コムイは俺がブン投げたマグカップを、器用に笑いながら避けてみせた。
「クソ野郎! 覗き趣味かよ! 何処まで法律無視してやがんだ! 手前、それでも警察か!?」
「もちろん。法では裁ききれない悪党が大勢いるって事を知ってる位にはね」
 コムイの口元が笑うように上がった。無論、醒めたまなざしを俺に張り付かせたまま。
(気に入らねぇ)
 俺はその目を睨み返した。何処か俺が抗し切れない雰囲気があるせいか、余計神経が削げ立つ。俺の視線に大抵の人間は怯むが、コムイは意にも介さない。その細い一重の瞳の奥で何を考えているか、俺にも伺い知る事は出来なかった。
「その企画がマジで通ったなら、この国は異常だよ。大体、何で女子学生なんだ!? 男子の方が使いやすいだろう」
「そこがポイントさ。男という奴は自分の名を売りたがるから、強さの順列に敏感でね。頭脳派は頭脳派。肉体派は肉体派同志でね。
 掛け算の九九すら言えない奴でも、他校や県外の有名人の名前なら割と頭に入ってるのさ。駆け出しの鉄砲玉 は殆ど若造だから、むしろそこで足がつきやすい。
 だけど、女は別だ。どんなに強い女だろうと、スケ番を勢力分布図の脅威とみなす男はいないね。そこはそれ、男と女だからさ。
 その上、女の子はいつの時代も『商品』なんでね。すぐには裏を取ろうなんてしないものさ。男は特に君みたいなセーラー服の似合う女子高生に弱いからね」
「冗談じゃねぇ!」
 俺の髪の毛は怒りで逆立った。
「俺にキャバクラやコスプレパブで働けって言うのかよっ!」
「ま、潜入捜査の場合有りえるね。大丈夫。それ位こなせる女の子しか選んでないから。神田クン、特に顔いいしv」
 コムイは事も無げに人差し指を振る。
「ふざけんじゃねぇよ! 何人も死んでんだろ、もう!俺みてぇなド素人に本気でやらせるって、そこまで手前ら、人材がいねぇのか?」
「勿論、集中レクチャーは受けてもらうし、出来る限りフォローもつける。
 だけど、潜入した後は君個人の判断で行動して欲しい。
 第一、僕らが細かく指示したって、君、勝手に行動しちゃうでしょ、きっと」
「…………」
 図星を突かれて、俺は黙り込んだ。多分、そうだろう。俺は一匹狼だ。女学校に通 っても、いつだって孤立して浮いていた。女子達が笑いながら夢中になって喋ってる、TVやアイドルやかわいい小物やネズミーランドとか、何の興味も湧かない。
 学校は競走馬を育てる厩舎に似ている。ぬるま湯っぽく、いがらっぽい孵卵機だ。学則とか教則とかそんな規則に縛られるのを嫌い、ウザい、かったりぃと思いつつ、歪ながら順応してしまう。
 だから、みんな何かしら『グループ』に入っていないと収まりがつかない。友人、クラブ、趣味。何だっていいが、何かにツルんでないといけない。どこかに所属していないといけない。してない奴は浮いてしまう。安全が得られない。弱い奴はいじめられるし、強い奴は弾かれる。
 詰まる所、学生は極めて保守的なものなのだ。どんなに時代が変わっても。
 俺は後者だから、結局、学校を出ちまったも同然で『檻の外』をぶらついていた。だが、檻の外は余計色んなものと衝突する事が多くなる。
 何でだろうな。俺は独りで充分なのに、皆それが気に食わないらしい。どいつもこいつも俺に接近してきて、俺を『仲間』に加えたがる。言う事をきかねぇと
『生意気よ』
『美人のくせして』
『お高く止まって』
『スカシてんじゃねょ』
 と目をつり上げて詰るのだ。面倒臭いったらない。
 人間が独りを好む事はそんなに異常な事なんだろうか。俺の何処がそんなに目を引くのだろう。近づくなと警告を発しながら歩いているつもりなのに、人の気配も読めないのかね。結局、檻の幅が広がっただけだと思い知らされただけだった。 
 友人も仲間も何も欲しくない。



 昔、俺がまだ幸せだった頃、俺の家庭はある事件のせいで崩壊しちまった。警察は逮捕という形で俺の家庭を木っ端微塵にしたし、マスコミと世間は正義に名を借りた悪意で俺の家族を粉砕した。一介の平凡な家族にそれを防ぐ手段なんてかけらもなかった。
 俺を残して、何もかも消え失せた。



 だから、俺は人間を信用しない。隣人を愛す事などできない。
 最早、俺の関心は遠い日に消えた『あの人』の消息を知る事だけ。
 それだけしか残っていない。
 それには学校にいる事は邪魔でしかなく、かといって外でも手掛かりは何処にもなかった。だけど、諦めきれなくて学校にも戻れないでいる。



「何を言おうと無駄だ。俺の家庭を滅茶苦茶にしたのは、あんた達じゃねぇか! 世間じゃねぇか! あんただって解っているだろう!?
 だから、俺は正義の為になんか戦わない! 特に警察の手先にはな!」
「そうだねぇ」
 コムイはうっすらと笑った。
「だけどねぇ、神田クン。僕は君の事を調べたって言っただろ? それは勿論あの事件もだよ。僕は全部洗い直した。そして、あの事件そのものがおかしいと気づいた。でっち上げられた可能性が、免罪の可能性がある」
「…………何だと!?」
 俺は思わず硬直した。もし、そうなら。もし、そうだったとしたら。
「じゃあ、俺の家族は……」
「そう。誰かに陥れられた可能性がある。まだ調査中の部分もあるけど、君の家庭は誰かに故意に罠に掛けられたんだ。だから、僕と戦わないか?この事件の真相も一緒に……」
「よしてくれ」
 俺は遮った。
「よしんば、それが事実だったとして、何になる。もう、俺の家庭は跡形も残ってない。俺の帰る所はとっくにあんた達が壊したんだ。謝罪も受けたくないね、今更。真相が解ったところで俺の気が晴れると思うのか?」
「どうかな。何処か君が救われる点はあると思うよ。君の両親は無実だった。そして、誰かが君達を陥れて笑ってるんだ。それでも、君はそんな事に関心はないのかい?」
「ないね」
 言いながら、俺の心には火がついていた。もし、ここを出られたら『自力で』真相を究明してやる。俺の家族を、人生を木っ端微塵にした奴をタダではおかない。
「やれやれ、つれないねぇ、神田クンは。だけど、それを究明しなかったら大変な事になるんだよ?」
「何でだ」
「君の大切な人。あの人の事だけどさ。その人が死んじゃうかも知れないんだよ?」
「何……だと!?」
 俺は思わず立ち上がった。声が掠れる。
「あんたはあの人の消息を知ってるのか!?」
「当然さ。君の事は全部調べたって言っただろ? あの事件の主犯格とされてるんだ。知らなかったのかい?」
 俺は思わず首を振った。知る訳がない。だって、そんな筈がないからだ。あの人が主犯な訳がない。
「そんなバカな事があるもんか!? あの人は……っ!」
「君がどう思おうと逮捕されて、裁判は係争中だ。死刑は確定だとおおよその噂だね」
「ちょっと待てよ! そんな事、新聞には一言も!?」
「そんなに大きく報じられてないからさ。わざとね。この事件を裏で操っている奴の力がどんなだか、これで解ったかい? 君が戦わなくてはならない相手の正体が」
「…………」
 俺は拳を握りしめた。そんな事が出来る人物は日本にはそんなにいない。絞り込む事はある程度できるだろう。だが、戦うには『ただの学生』では余りに弱い。それ位 は俺にだって解る。
 どうしても必要だ。権力と戦える力が。悪の巣窟に踏み込める免罪符が。
「その為に俺に警察の手先になれって、か。皮肉だな」
「そうだよ。僕は決して君の事件の為だけに、君を抜擢した訳ではないけれど、でも、君の事件の為には力を惜しまないつもりだ。
 決めたまえ、神田クン。時間がないよ。裁判は係争中なんだ。確定になれば、それこそ敵は死刑執行をいつでも行えるようになる」
 俺はコムイを睨むように見つめた。彼だって本当に味方なのか。俺をたぶらかしているだけではないのか。そんな疑問が渦巻いている。
 だが、あの人の命が危ない。それだけは解る。俺はあの人の為ならどんな事でもする。
 どんな事だって。


「一つだけ聞きたい」
「何だい?」
「どうして、そいつは俺だけ見逃したんだ? 俺の家庭を潰しておきながら、どうして俺を放っておいた?」
 コムイは大きく溜息をついた。少し憐れむように俺を見る。



「それこそ、さっき言っただろう? 君が『女の子』だからだ。敵は君が女だから大した脅威にはなるまいと見向きもしなかった。君を過小評価した。君が抗った所で、小さな棘にもなるまいと思ったのさ」


「…………」
 俺の瞳が細くなった。
『女の子』
 そんな事で。
 どんな言葉より、それは俺の心を抉った。女だから、ちっぽけだから、無力だと言われた。問題外にされた。何もかも俺から奪っておきながら、俺を無視しやがった。


 チクショウ!


 チクショウ!!!!


 冗談じゃねぇ! 女だから何だと言うんだ。女には何も出来ないと、ただ蹲ってる無力な存在だというのか。男社会の権力構造には絶対踏み込めないと思っているのか。


 ああそうだ。


「敵は…『男』なんだな、コムイ」


 コムイは肩をすくめただけだった。俺は嗤う。
「いいだろう。あんたに手を貸すよ、コムイ。誰を怒らせたか解らせてやる。女で上等だ。俺を残しておいた事がどういう事になるか思い知らせてやる」
 コムイは引き出しを開けて、俺に黒いものを放った。俺は片手で受け止める。ヨーヨーだ。鋼でも入っているのかズシリと重い。
「では、それを君に預けるよ。表だって刀を振り回されちゃ困るからね。特製の奴でね。リールはワイヤー。君の警察手帳でもある」
 俺はヨーヨーの脇に触れた。蓋が開き、桜田門の紋章が金色の光を放っている。俺は思わず笑った。まるで水戸黄門の印籠だ。これが俺の免罪符か。
「でも、俺は正義のためには戦わないぜ? 俺は俺の為に戦う」
「それでもいいよ。結果的に正義が守れると、僕は信じてる」
 コムイは握手をしようと右手を差し出したが、俺は跳ねつけた。
「まだ、あんたを信じた訳じゃねぇよ」
「いいだろう。その鼻っ柱の強さにも僕は惹かれたんだからね」
「抜かせ」
 俺は少し赤くなって、そっぽを向く。コムイは笑って、机にあるボタンを押した。ブザーが鳴って、この部屋を閉ざしていた唯一のドアが開いた。


「じゃあ、行きたまえ、スケ番刑事。君の活躍を期待してるよ」


「ケッ」
 俺は舌打ちして、光の中へ歩みだした。


「何の因果か、マッポ〔警察〕の手先………か」


 今後、何度となく繰り返す呪いの文句を呟きながら。

エンド

10万ヒットリク。神田女体化。まんま「スケ番刑事」
「下校途中」の続きっぽい。
書いている内、何となく面白くなってきたし、 この後、アレンとの出会い編もありますが、誰もリクする人がいなかったのでアップしません。 あしからず。

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