「手、握って」


 もうすぐ僕達の嫌いな季節がやってくる。


  昔は秋が大好きだった。
 二人で落ち葉を出来るだけ大きな音を立てて踏みしめながら、学校に通ったり、学芸会の準備に追われたり、栗拾いしたり、野ブドウを摘んだり、友達の農家の収穫の手伝いに行ったり、ウィンリィやばっちゃんとジャムやプリザーブを作ったり、ハロウィーン用のかぼちゃをうんうん行って家まで転がしたり、とにかく田舎の秋は長い冬の準備で忙しくて、楽しい。
 その内、二人で暖炉の前に座る時間が長くなる。林檎を囓りながら本を読んでる兄さんの隣で、ワッフルや栗を焼いたりしていると、ああ、今年も冬が来るんだなぁと実感した。
 冬は冬で色んな楽しみがあって、あの頃は冬も大好きだった。寒がりな兄さんは朝が苦手で、起こすのが一仕事だ。ふとんに深く潜り込んでいるのを、わざと冷たい手でほっぺたを触って怒らせて、家中駆け回って鬼ごっこするのが僕らの朝の日課だった。
「うえ〜、お前、冷てぇ。いつから起きてたんだよ」
 と、僕を抱き締めて捕まえた兄さんは、ちょっとその事をまた怒って「う〜、寒ぃ、ベッド、ベッド」と僕をベッドに引きずり込んだ。僕は『朝の支度しなくちゃ遅刻しちゃうよ』とか文句は言うけど、兄さんも毛布もじんわり暖かくて、ぬ くぬくで、一緒に深く潜り込んでしまう。おかげでつい遅刻しかけた事も一杯あった。
 雪投げ。そり滑り。スケート。クリスマス。ニューイヤー。
 雪の吹き溜まりにすぐズボッと落っこちる兄さん。
 オレンジの綺麗なマフラーをひらひらさせて笑うウィンリィ。
 青いコートを雪まみれにして笑っていた僕。
 全部全部、遠い昔みたいだ。

 まだたった4年しかたってないのにね。


 今、僕らは秋が嫌いだ。
 冬が大嫌いだ。


 だって、僕が鎧だから。
 兄さんの機械鎧が冷えるから。



 秋も昼間の間はいいんだ。
 古い町並みの紅葉した並木道は趣があって綺麗だし、街角の栗売りの匂いはリゼンブールと変わらないなと兄さんは笑う。
 空も高くまで澄んで、風も柔らかくて、魂が天に昇っていくのはこんな日が一番だろう。
 でも、秋の夕暮れは早い。
 少し汗ばむ小春日和でも日暮れと共にあっという間に気温が下がって、僕の体は為す術もなく冷たくなる。兄さんも他の人より早く縮こまったり、僕が見ていないと思って、こっそり関節をさすっていたりする。悲しいかな、僕の背丈が高くて、視覚が広い事に兄さんが気付かないといいんだけど。
 そうなると、何となく僕らの距離は広くなる。
 寄り添えない。
 触れない。
 触りたくても、お互い色んな気を遣って、それで余計に距離が遠くなる。遠慮しながら抱き合うのって、何か却って盛り上がらないんだよね。
 だから、僕らはお互いを刺激しないように距離を保つ。秋の夜長で読書や会話が増えるようになると、僕らはああ、秋が来てしまったなと思う。
 宿で暖炉に火を入れる程には寒くない時は痛烈にそれを感じる。
 僕らは変わってしまって、僕達の心がどんなに切なくても、元の体を取り戻す以外、現実は覆らないって事を。
 冬なんて論外だ。僕の体は霜が降りる。凍ってしまう。それすら僕は気づけない。木枯らしで震える兄さんを暖める事も何にもだ。せめて風避けになりたいけど、兄さんはそれも許してくれない。同じ風に当たりたいんだと言う。同じ冷たさになりたいんだと言う。
 僕はそんな兄さんに何も言い返せない。
 切なくて、苦しくて一杯になる。
 この人の為ならどんな事だってすると思う。
 だけど、僕の凍った体は宿に着いたってあんまり変わらない。暖炉で暖めても全身がちょうどいいぬ くもりになるのに、もの凄く時間がかかる。何処かが熱すぎて、何処かが冷たいまんま。でも、僕にはそれすら何処がそうなのか解らない。だから、何だか悲しくて、切なくて、苦しくて、口実を作って外に出ていこうとすると、兄さんが引き留める。
 こういう時に限って、兄さんは僕を欲しがる。僕と抱き合いたがる。
 僕はイヤなのに、凍えてる兄さんをもっと冷たくするだけなのに、僕でいいんだ、今の僕でいいんだって、僕を抱き締める。
 どうしたらいいか解らない。
 どうしていいか解らない。
 でも、木枯らしの中で『同じ冷たさになりたいんだ』と言い張った兄さんと同じくらい、いや、もっと僕の中で色んな感情が渦巻いて、僕はそれに屈してしまう。
 僕は兄さんを拒めない。
 だって、僕も兄さんが欲しいから。
 触れたいから。
 触れて欲しいから。
 その為に兄さんがお腹を壊しちゃうとか、傷つけるとか、悪くしたら殺してしまうかもって、そんなの解ってるのに、解らなきゃいけないのに僕は兄さんを抱き締めてしまう。
 抱き締められるのが嬉しいと思う。


  だから、僕は冬が大嫌いだ。
 そんな気分になる、そんな自分自身を見てしまう冬が大嫌いだ。


 でも、季節が流れていくのを止める事は出来ない。
 ここでぽつねんと公園のベンチに座って、兄さんを待っている間も冬は近づいてくる。
 秋の夕暮れは肌寒い。宿に戻った方がいいけれど、司令部から戻ってくる兄さんに早く会いたいから、やっぱり動く気になれない。
 気がつくと、街灯や窓の明かりで一杯だ。兄さんと一緒だったら、さぞ綺麗で暖かそうだと思っただろう。
 でも、公園は少しそんなざわめきとは離れていて、街灯がある場所以外は真っ暗だし、湿っぽい。枯葉を散らす風が梢を通 りすぎていく。紙屑がカラカラと乾いた音を立てて転がっていく。通り過ぎていく野良犬も早足だ。
 僕は何度も首を伸ばしたり、立ち上がっては座って、兄さんの姿を探す。でも、道を駆けてくる影はまだない。暇つぶしに本を持ってくればよかった。
 誰かを待ってるのって、何でこんなに淋しくて、悲しいのかな。
 兄さんが必ず来る事は解っているのに、心許なくて不安で辛かった。
 フェンスを隔てただけの石畳は通行人で溢れているし、ショウウィンドゥは華やかで眩しい。人々の影がそれに合わせて、延びたり縮んだりしている。仕事から解放された気楽さか、ざわめきも明るくて楽しそうだ。


 でも、僕には何も関係がない。


 それだけで、僕の寂しさは増してしまう。みんなが楽しくしてればしてる程、切なさが募る。
 夜気は空の群青が藍に変化していくに連れ、どんどん冷たくなっていく。道行く人が『おお、寒』といってコートの襟を立てる。その冷気は風となって、道を渡り、人々のコートやマフラーを揺らし、埃を舞い上げて僕の中に吹き込んでいく。
 からっぽの僕の中で、風はボゥボゥと虚ろな音を立てる。
 イヤな音だ。
 僕の感情がどんなに一杯でも、荒れ狂っていても、情け容赦なく無遠慮に風は吹き込んでくる。僕が何者かって事を僕に突きつける。
 僕は無機質だ。鎧だ。ただの鉄塊だって事を。
 僕が自分をどんなに『人間』だと思いこもうとしても、僕の血印はぬくもりを帯びない。僕が嬉しい時も悲しい時も楽しい時も、僕の血印の温度は変わらない。何処まで行っても只の構築式に過ぎない。
 じゃ、そこに宿っている筈の魂って何だろう。見えないのに、触れないのに、ここに『いる』なんて、感情があるなんて不思議だ。喜んだり、感動したりした時のあったかさとか、仔猫を撫でてる時のふわっとした優しさとか、あれは何処から来るのかな。
 脳や神経もないのに、アドレナリンも、分泌物も出ないのに、感情の起伏があるのは何故なんだろう。
 そんなものは只の錯覚で、昔の記憶をなぞっているだけで、本当は魂もこの体と同じくらい冷たいのかな。
 この兜みたいに無表情なのかな。

 でもね。でもさ。

 魂はやっぱり感じるんだ。素晴らしい音楽を聴いた時とか、映画で凄く感動した時とか、兄さんに抱き締められた時とか、魂が震えるんだ。どうしようもないんだ。それはいつだって新しいんだ。やっぱり僕は生きてるって思えるんだ。
 だのに、風がまた吹き込んで、必死に生にしがみつこうとしてる僕を揺らす。吹き飛ばそうとする。嘲笑う。


 兄さん。
 兄さん、早く来て、帰ってきてよ。
 いつから僕はこんなに弱くなっちゃったのかな。
 心も体も鍛えているつもりなのに、独りでいるだけで、ただ待っているだけで、どうしてどんどん悲しくなっていくのかな。苦しいのかな。こんなに心細いのかな。
 どうして


 カン!


 と、頭を叩かれた。
「バカアル、何でこんな所にいるんだよ。宿で待ってろって言ったろ?」
 僕は弾けるように顔を上げた。
「兄さん…」
 一瞬、ボオッとなった。寒さでちょっとだけ鼻の頭を赤くした兄さんが仏頂面で立っている。また本を借りてきたのだろう。小さな手提げを持っていた。
 それを目にしただけで、呆気なく吹き溜まっていた悲しみも憤りも消えた。風の音も聞こえなくなった。本当にあったのかと思う程、霜か霧みたいになくなっている。まるで喉の奥を押し上げる氷の塊みたいだったのに、その中に春が隠れてたみたいに、僕はあったかい空気に包まれていた。
 僕は思わず笑った。
「ごめんね。だって、早く会いたくて。ここが……一番司令部に近いんだもん」
 通りや街角じゃ僕は目立ちすぎるから、待っているのはここしかなかった。寒いから側に寄れない。でも、やっぱり僕は兄さんの近くに少しでもいたいんだ。見てるだけでも、話すだけでも構わない。もうすぐ冬が来るから、余計に側にいたいんだ。
 ごめんね、僕はいつまでも子供みたいだ。でも、好きだったらいつでも側にいたいって思うんじゃないかな。目にしていたいって思うんじゃないかな。
 兄さんはちょっと俯いた僕を睨んでいたが、突然パンと僕の手を両手で握った。
「あ〜あ、こんなに冷えちまって! いつからいたんだよ」
「夕方くらいかな」
 本当はもっと前からだけど、怒られるから黙っていた。
「もう、しょうがねぇなぁ、アルは! ちょっと待ってろ」
 兄さんは駆け出した。僕は取り残されて仕方なく立ち尽くす。やがて兄さんは両手に何か持ってそろそろと戻ってきた。
「ほら」
 兄さんは右手を突き出した。コーヒーの入った紙コップだ。僕は飲めないのに何でこんなもの買ってきたんだろう。
「え? 何?」
「いーから」
 兄さんはコップを握らせると、ベンチにドカッと座った。僕は困ったが、仕方なくコップを両手で包むようにして、僕も隣に座る。
 兄さんは無言でコーヒーを飲んでいた。まだ怒っているのかな。たまに兄さんは一方的に考えて、勝手に結論づけて、怒ったり機嫌がよかったりするから扱いにくい。
「司令部はどうだった? みんな元気?」
「相変わらず」
「大佐にちゃんと挨拶したの?」
「した」
「また何か壊さなかったろうね」
「今日は椅子だけ」
「もうよく毎回毎回壊せるね。ちゃんと直した?迷惑かけちゃ駄目だよ」
「ああ」
 何だか今日は取っつきにくいなぁ。何か面白くない事でもあったのかな。
「兄さん、何かあった?」
 もし、軍部の機密に関わる事だったら聞き難い。長期出張になりそうなら、聞きたくない。
「何もねぇよ………お前の顔見たら忘れちまった」
 兄さんは伸びをする。ほら、やっぱり何かあったんじゃない。でも、笑って肩をすくめるだけにする。兄さんの事が心配だし、何でも知っておきたいけど、無理に心をこじ開けるのはフェアじゃない。兄さんは僕の仕草で僕が気付いたのを察する。話を聞いてほしければいずれ話すだろうし、心の中で解決してしまえる事ならそれでいい。何も言わないで、いつまでも鬱々している時は無理にでも聞くけどね。
 兄さんの顔に笑みが浮かんだから、今回は大した事はないんだろう。
 僕はちょっと安心する。
 公園は静かだ。道はすぐ側なのに、街のざわめきも何となく遠い。冷たい夜空にコーヒーの白い湯気と兄さんの吐く息だけが立ち上っていく。
 僕らはしばらく黙って座っていた。寒いから何処か行こうかとか、宿に戻ろうかとも思ったけど、ただこうして二人並んで座っているのも何だか悪くない。僕はやっと兄さんに会えてそれだけで満足していた。黙っていても、心が寄り添っている。兄さんは湯気の向こうに何かを見ているようだったけど、僕を置き去りにして遠くにいるんじゃないと何故だか解った。鎧と機械鎧が触れ合ったって、ちっとも熱は生まれないのだけど、ゆらゆらと揺れる白い湯気が僕らを繋いでくれる気がする。
 遠くのベンチには似たようなカップルが何組かいて、彼らもやっぱり静かに座っていた。
「手」
 兄さんが不意に言った。
「え?」
「お前の手」
 僕に向かって、左手を伸ばす。僕は不思議そうに手を握り返した。兄さんは僕の手を握ってにっこりする。
「ほら、暖ったけぇ」
「………」
「暖ったけぇよ」
 兄さんは僕の手に頬を擦り寄せた。微かに幾度も唇を触れるようにしながら、兄さんは気持ちよさそうに目を瞑る。僕は少し呆気に取られて、それから何だかドキドキした。まるでビロードに頬を擦り寄せてるような顔をしている兄さんを見ていると、感覚がないのに、まざまざと兄さんの皮膚の感触が蘇ってくる。
(僕の手が兄さんの頬を暖めてるんだ)
 それだけの事実が僕の胸を焦がした。コーヒーの借り物のぬくもりだっていい。兄さんにどんな形でも触れ合えるなら、何だってしたい。僕は両手で兄さんの頬を包み込んだ。兄さんは快く目を細める。唇が声もなく『暖ったけぇ』と紡いだ。まるで猫が最高に甘えてる時の声のようだ。
 魂がざわざわする。
「……そろそろ帰ろっか」
 まるで僕の心を読んだように兄さんが囁いた。腹も減ったしなと呟く。本当に色気がないんだから。でも、それがいつもの兄さんだから構わない。僕は笑って頷く。
 風がまた吹いた。枯葉が舞い踊り、兄さんは埃を避ける為、首をすくめて目を瞑る。僕も体の中に風が入って欲しくなくて空気穴に手をかざした。
「もう木枯らしだね。今年は冬が来るの早いのかな」
「そうだな」
 兄さんは呟いて、僕にかがめと手招きした。
「何?」
「いーから」
 兄さんは持っていた紙袋に手を突っ込んだが、急に何を思ったか靴のままベンチに昇る。兄さんは僕にかがまれるのが少し嫌いだ。身長を強く意識するからだろう。
「兄さん、駄目でしょ、泥が…」
「いいんだよ、ちょっと位…………ほら」
 ふわっと首の回りに何かかかった。驚いて見ると、白いマフラーが巻かれている。
「ああ、よかった。似合う似合う」
「え………これ……」
 僕は驚いた。僕は寒さなんて感じないのに。こんなもの必要ないのに。
「お前、風、嫌いだろ? それにこんだけ寒いんだ。マフラー位しろ」
 兄さんはニッと笑った。僕は思わず柔らかなマフラーに触る。人間としての当たり前の防寒具。なのに、そんな事をする事もすっかり忘れていた。どんなに自分が人間だと思っても、季節は見てるだけで実感しないと防寒具の連想が出来ない。だから、マフラーをしただけで、普通 の人間みたいに思えた。僕にとって、寒さじゃなくて風を防ぐ物かも知れないけど、何だかもっと大事な物を守ってもらった気がする。
「へへ……似合う?」
 マフラーで声がくぐもって響いたけど、何だか毛布の下にいるみたいで悪くなかった。兄さんが頷く。
「ありがと、兄さん」
 兄さんはもう一度笑った。
「ごめんな。これ、選ぶんで遅くなっちまったんだ。中尉に一緒に選ぶの手伝ってもらったんだけど、おかげで大佐に恩着せられて、いつもの倍、仕事手伝わされてさ」
(ああ、それでか)
 僕は胸を撫で下ろした。兄さんの趣味はかなり悪い。ホークアイ中尉がいなかったら、きっとこんなシンプルな白じゃなくて、汚いまだら模様とか何匹も蛇が絡み合ったのとか悲しいマフラーをする羽目になっただろう。
「俺は般若の面がでっかく付いたのがかっこいいって言ったんだけど、中尉が絶対それがいいって言うから」
「ううん、これでいい!兄さん、ありがとう!」
 僕は心から言った。兄さんを止めてくれた軍部のみんなにも心の中で感謝の祈りを捧げる。
「そっかなぁ、白って汚れやすいし……」
「その時はまた買ってよ。今度は一緒に選ぼうね」
「あ、そうだな。うん、そうしよう」
 兄さんはようやくにっこりした。兄さんは僕の為に何かを買うのが好きなんだ。僕の日常品は殆どないから、僕の物を買う時もの凄く真剣になる。時間がかかるし、兄さんは僕の趣味が地味だとか言って困るんだけど、それでも何だかデートしてるみたいで楽しい。
 僕は嬉しくて、頸元でひらひらするマフラーを振り返って何度もチラチラ見た。兄さんは笑ったが、木枯らしが吹いてまた首をすくめる。
「兄さんもマフラー買えばよかったのに」
「そうだなぁ。じゃ、あの稲妻がビシビシ入った黒と金の奴にするかなぁ」
「…………。僕とお揃いの無地にしない?」
「お揃いか」
「うん。あったかいコートも買おうね」
「赤がいいな。赤のフード付きの奴」
「はいはい」
 僕らの足音が石畳に響いた。
 見上げると星が瞬いている。街は明るすぎて、星影もかき消されてしまうけど、ここだと少し見える。リゼンブール程降るような星空ではないけれど、星座の形は同じだ。輝きもか細いけどちゃんと瞬いてる。
 僕らもあの頃から色々変わって、環境も立場も違ってしまったけど、でも、やっぱり僕らは僕らだ。鋼同志で触っても解らないけど、コーヒーの湯気とか、マフラーとか、並んで歩くとか、ほんの些細な事で繋がっていける。
 角を曲がると木枯らしが強く顔に当たった。
「また、冬が来るね」
「ああ」
 僕らはやっぱり冬が大嫌いだ。
 けど、前ほど嫌いじゃない。ちょっとづつ見つける。日常に中で少しづつ。季節は巡ってくるから。寒さも冷たさも世界の循環の一つなら、拒んでないで、悲しんでないで、そこから暖かいもの、そこでしか感じないものを見つける。探す。
 昔、雪の日がとても楽しかった事。
 雪の中が意外に暖かかった事。
 雪の下から雪割草が花を咲かせたのを見た事。
 だから、今だって同じ。
 体が変わったら、変わったで嬉しい事は見つかる。この人は教えてくれる。待っていた僕の寂しさを一瞬で溶かしてくれたみたいに。
「ね、手、握って」
 僕は囁いた。兄さんは僕を見上げて、左手を絡める。
「まだ、あったかい、かな?」
「暖ったけぇよ」
 兄さんは笑った。あれから随分時間がたって、僕にはそうだか解らない。
 でも、兄さんの笑顔はあの僕のぬくもりを感じてくれた時と一緒で、僕はただそれだけでいいやと思った。

エンド

弟祭り参加作品。気持ちエドアル寄りになってきてますが、やっぱりこの兄弟は私にとって同等でどっちがどっちをより好きとか、一方的に守るという感じじゃないです。

兄弟お題へ




55 STREET / 0574 W.S.R / STRAWBERRY7 / アレコレネット / モノショップ / ミツケルドット