「トムとジェリー」(第89夜より)



「ところでアレン、その姿はどうしたさ?」

 二人の一触即発(じゃれ合いともいう)が終わったところで 、ラビはようやく口を挟んだ。今までの怪異な左腕だけの発動と違い、その悪魔を模した仮面 とローブ姿は道化というよりフィレンツェの謝肉祭を思わせる。金色の鉤爪だった左手も今は 黒と白の鋭利な刃物に見えた。一体、左手を失った筈のアレンに何が起こったのか。
「え、それはですね…」
 アレンは今までの経緯を簡単に説明した。ラビは目を丸くし たが、神田の顔色は優れない。

「あー、よかったさぁ。もう俺、アレンがエクソシストやめちまうもんと…いや、もう死んだらどうしようと心配で心配で…」
 ラビは思わずギュウッとアレンを抱き締めた。
「アハハ、ラビ。大丈夫ですよ。僕がやめる訳ないでしょ?」
「だって、もう普通イノセンス壊されたらダメなんよ? しかもあんな途中で映像終わってるし、あのノア野郎にどんな事されたか怖くてよ。ヴォンさんもあんま詳しく教えてくんねーし、出航しなきゃなんねーし。
 その上、あの天パノアのアホは色々ひでー事言うし、俺、ホントにキレちまったさー」
「大丈夫です、ラビ。ほら、ちゃんと足ついてるでしょ?」

 本当は余り大丈夫でもなかったが、アレンは肝心な部分をぼやかしていた。これ以上心配かけたくなかったし、穴の空いた心臓をイノセンスが塞いだ事が、ラビの口を通 じてブックマンに知られるのは躊躇われたのだ。
 アレンは神より大事なものの為に生きているのに、神に執着されている事実は余り愉快な事とは思えなかった。特に咎落ちという断罪に立ち会った後では。

「まー、そうだけど、何か余りに突然で実感湧かなくてさぁ」
 だからと、ラビはもっとアレンをぎゅうぎゅうと抱き締める。その真摯な喜びようが素直に嬉しかった。
 帰ってこれてよかった。左手が戻ってよかった。戦場こそが 自分の生きていられる場所、皆がいる所なのだ。

 が、突然アレンは物凄い勢いで神田に引き離された。
「おい、今の話は何だ、モヤシ! 手前、死に掛けたのか!?」
 彼を見つめる神田の顔は真剣だった。

(ああ、神田も心配してくれたんだ)

 アレンは今のケンカも忘れて、微笑んだ。自己中心で短気で 乱暴だが、筋は通し、手を貸すべき所は助けてくれる。神田はそういう人間だった。諍いはするが、ただ不器用なだけなのかも。

「ええ、でも、もう平気です。イノセンスとも完全に同調する事ができたし」
「はぁ? 今まで違ったってのか? それで戦ってたのかよ、 馬鹿野郎!」
「バ、馬鹿野郎とは何ですか! バカぱっつん!」
 アレンの眉が吊り上った。せっかく見直したのに、いきなりそれをぶち壊すなんて。収まりかけた怒りがぶり返してくる。
「馬鹿は手前だ! 只でさえ甘っちょろい癖に! だから、死に掛けたりするんだよ!」
「甘っちょろいと今回の事は関係ないでしょ?」
「うるせぇ。完全に同調してなかったってのは覚悟が足りねぇんだろ? そんな中途半端な奴と一緒に戦わされる俺達の身にもなってみろ!」
「それは……。でも、もうこれからはそんな事ありません!」
「これからは何だってんだ! バカ…本当に死んだらどうする気だ。俺は…そんな事何も聞いてねーぞ!
 ラビ! 大体、手前、何でその事連絡してこねーんだ!」
 ラビは両手を上げて、神田が掴みかかってくるのを遮った。
「いや、だって、中国からこっち、何処とも連絡とれねーもん。だから、ユウ達が日本にいるのも知らなかったさ。ユウ達こそ、教団から何も聞いてなかったん?」
「ねぇよ。モヤシの野郎が助かりやがったから、んな下らねぇ事言う必要もないと思ったんだろうよ」
「ちょっと待って下さい、神田。僕が助かったのが何で下らない事になるんですか!」
 神田はアレンを睨みつけ、大きく溜息をついた。

「お前が大怪我した事には変わりねぇだろう。んな事で俺達を動揺させたくないんだよ、コムイは。だから、直っちまえば、 今は下らない笑い話だろうが、バカ」

「あ…………」
 アレンは口籠った。確かにそうだ。助かったからこそ笑い合 えるが、もしもの確率の方が遥かに高かったのだ。ヴォンが安易な希望をラビ達に抱かせなかったのも、アレンの容態が決し て楽観できないものだった為だし、大量の死者を出した後で、 これ以上の不安材料をコムイが連絡させなかったのも無理はない。
 それでも、神田はそれを知らなかった事を口惜しく思ってくれている。アレンが死ぬ かも知れなかった事を恐れてくれたのだ。
 アレンは笑った。
「すいません…心配かけて」
「……誰がお前の事で心配なんかするか!」
 神田はそっぽを向いている。思わずラビは笑って、アレンにまた抱きついた。

「俺がその分、一杯一杯心配したからアレンは物足りないって思う事ないさー」
 神田の眉間がまた険しくなる。こめかみに浮いた血管の数があからさまに増えた。
「おい、ラビ。手前はどうしてそうアレンに抱きつくんだよ!」
「いいじゃん。感動の再会ってのはこうじゃねぇ? ユウは色気ないんさ。いきなり『死ねぇ!』じゃあんま悲しいよな、アレン。
 抱きつきたくなる方がアッタリ前の反応だと思うけどなー。 死んじゃったらこんな事できねぇさ」
「いいから離れろ! 男同士で気色悪い!!」
「えー、ユウったら嫉妬深いさー。なー、アレン?」
「えー? そうですよねー」
 意地っ張りな神田に焦れて、アレンも思わず同調する。ラビは悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「ところでアレン、左手復活したけど、どんな風に変わったさ? 完全同調して何か変化あった?」
「ええ、生身と切れ目がなくなりました。今まで無理に接合した感じだったですけど」
「えー、ホント? ちょっと見せて、見せてv」
「ちょ、ちょっとラビ。ここは戦場ですよ? いつまたノアが攻めてくるか…ほんと、ジッパー下ろすの止めて下さい」
「まー、ちょっとだけだから。どう変わったか見てぇの」
 ラビはブックマンらしい好奇心で目をキラキラさせている。そこへ地を這うような低音が割り込んだ。

「おい、ラビ。手前、モヤシの前の腕、見た事あんのかよ」
「そりゃ、あるさー。もう間近で」
 ラビはニコニコ笑う。
「えっ、ラビ、いつ見たんですか?」
「えー、もうアレンてば照れちゃってー。そんな事、俺から言える訳ないさー」
 慌てるアレンとキレる寸前の神田の顔が面白くて、ラビはわざとらしく笑った。本当はアレンと初対面 の時、コムイの治療の助手をしたからなのだが、そんな事はおくびにも出さない。

「どういう事だよ、手前ら…」
「え、ちょっと。神田、何考えてるんですか? 止めて下さい。ホント、ラビも本当の事言って下さいよ」
「ちゃんと見たもん。俺、嘘言ってはないさー」
「…………手前ら」
「ラビ、神田もどうかしてますよ。腕くらいで何でそう…」
「腕だけじゃねぇに決まってるからだろうが!!」
「何でそんな事言い切るんですかっ、神田は!?」
「だよなー。腕だけじゃねぇさ、アレン。
 で、足の方は大丈夫ー?」
 ラビはアレンの腰をすーっと撫でた。
「え?」
「何?」
 二人はラビを見つめる。ラビはニコと笑った。

「ノアに足もやられちゃったんだよね、アレン。この綺麗な足がって、もう俺、泣けちゃったさー。
 もうホントちゃんとついててよかった! だから、足もついでに見せてーv」
 ラビはピラッとアレンのコートの裾をめくる。アレンは慌てて押さえた。
「ちょ、ちょっと、ラビ! 何言い出すんですか!」
「モヤシ!!!!」
 神田がいきなりアレンのコートの裾を掴んだ。目がイッている。アレンは総毛立った。

「脱げー!! 確かめる!!!!」
「キャー!! やめて!! 何するんですか!! もーやめてー!」
「アレン、ちょっこっとだけだからv」

 神田は凄い勢いで引っ張るし、ラビも面白がってコートを捲 っている。アレンは悲鳴を上げて、必死にコートの裾を押さえた。さすがにこんな馬鹿げた事で発動なんか出来ないが、神田の目は真剣だ。


「何がちょこっとですか! もー、二人とも引っ張らないで!
 やだ、やめてー! ホントやめて! 怒りますよ、僕!!
 いやー!! 助けてーーーーー!! マナーーーーっ!!!」


 いい加減にしなさい!!とリナリーの「必殺結晶落とし」が三人に炸裂するまで、この騒ぎは続いたという…。

エンド

拍手お礼。
アレンのイノセンスの変化について、二人とも突っ込んでくれなかったので補完。
アホですが。
アレンは人前で「マナ」の名を呼ばないと思いますが、ここは「おかーさーん!」という訳にもいかず(笑)

ディグレ部屋に戻る


55 STREET / 0574 W.S.R / STRAWBERRY7 / アレコレネット / モノショップ / ミツケルドット