「バンガローでの一夏」9


 食事が終わった。
 カイルは出来るだけゆっくり食器を洗い、鍋を片付ける。その間も背後のテントをそこはかとなく気にし続けていた。中ではシャワーを浴びた王子が着替えをしている。後は頃合を見計らって、カイルが行くだけだ。その後は二人の親密な空気が羅針盤の針を示すだろう。

(しかし)

 カイルは少年のように当惑していた。女性とだったら、何となく読める段取りも王子とだと急に不確かで覚束ない。王子が初めてな事もあるが、カイルも男性との経験が豊富という訳で
もなかった。しかも、こんなに好きな相手と夜を迎えるのは久しぶりなのだ。駆け落ちする寸前までいった貴族の彼女とは、それなりにめくるめく夜を過ごしたけれど、こんなに息が詰ま
るようにその刻限を待つなんて時間を持った事もなかった。
 むしろ、お互いより恋に落ちた自分にのぼせていた方が近い。ガキの恋愛だった、あれは。どう考えても。自分しか見ていなかったのだ。駆け落ちしても、きっと破局はすぐだったろう


 でも、今夜は違う。命を懸けているけれど、できれば、ずっと長続きしたいと思っている。
 王子を護る。
 それがカイルの恋愛より優先する第一事項だ。
 だが、王子の衣擦れが聴こえるたび、動揺してお皿を落としそうになるのも確かだった。こんなに興奮しているのは久しぶりかも知れない。

(はぁ〜)

 カイルは溜息をついた。どう切り出したものか。明るく行ってもいいですか〜ん?なんて、さすがにどうも気恥ずかしい。
 しかし、行かないと始まらない。体の方もお預けばかり食らっていたせいで、正直に脈打って困っている。これ以上、逆上せると王子の裸体を見ただけでイッてしまいそうで、カイルは焦った。
 しかし、妙に静かだ。王子はどうしているのだろう。
 カイルは意を決してテントに歩み寄った。

「あの〜、王子。そろそろお邪魔してよろしいでしょうか〜?」
 突然、テントから両手が伸び、テントの中に引っ張り込まれる。
「バカッ、何してたんだ、バカカイル! 恥かしいだろうが!」
 そう怒鳴るシュラトの顔は耳まで真っ赤だった。カイルは思わず笑う。気丈なようで、王子の手は震えていた。ゆっくりと彼を驚かすまいと優しく抱き締める。
「すいません。王子が少しでも落ち着いた頃がいいかなって」
「…気を使うな。僕はそんなに柔じゃない」
「でも、それとこれとは違いますから」
 カイルは王子の緊張を解きほぐす様に、優しく唇を重ねた。静かに撫でながら、王子の腰を支える。王子の脚に力が入らなくなったところで、大事に寝床に横たえた。

「…カイル」
 王子の目が熱っぽい。このまま、初体験の混乱に翻弄してしまってもよかったが、カイルは自分をちゃんと王子に刻み付けたかった。
 もしかしたら、最後の夜になってしまう事だって考えられるのだから。
「あの、ちょっと聞いていいですか?」
「何?」
「王子、この事ってどの程度知識あるんですか?」

 やんごとなき姫君も輿入れ前には、女官から丹念な性教育を受ける。しかし、シュラトは男子だし、リオンにそんな課題が回される筈もない。全く知識がないのでは、カイルもちょっと 困る。真面目なカイルの顔に、シュラトは思わず紅くなった。

「え、あー、大体。貴族って乱れてるだろ? パーティ会場でも別室に消えてく連中って多いし、うっかりそこに入っちゃうってあるしね。スカートの中に手を突っ込んで、えー、色々するんでしょ?」
「まーそうですね。それで?」
「それでって? カイル。僕にそれを説明させるの? それってセクハラだよ」
「セクハラじゃなくて、大事な話なんですけど。俺達これからそういう事をする訳ですから、王子が余りショックを受けると嫌なんですよね」
「ショックって、そんな凄い事をする訳?」
「凄いと言えば凄いし、誰でもやってるといえば、平凡で普通な事なんですが」
「…何かよく解らないな。カイルはひどい事を僕にするの?」
「出来るだけ優しくしたいと思ってます」
「じゃ、いいよ。しようよ。皆やってる事なら、全然大丈夫だから」
「そうですね」

 今更、野暮だったかなと思ったが、抱き締めた王子の体は少しだけ、未知の恐怖に震えている。カイルはそのぬ くもりを愛おしく思った。自分の熱が出来るだけ、驚かせずに王子に与えられればいいのだけれど。
 そっと唇を塞ぎながら、シュラトの服を脱がせていく。撫でては、ゆっくりと蕾から花びらをはぐように、王子の心を溶かしていく。

「カイル…」
 王子が喘ぎ始めた。少し汗ばんだ体が上気している。王子にのしかかったまま、起き上がり、シャツを脱ぐとシュラトは息を呑んでカイルを見上げている。
(確かにパンツを脱ぐより、決定的って感じがするもんな)
 カイルは王子を緊張させないよう微笑むと、やさしく頬を撫でた。シュラトがカイルの髪を引っ張る。何?と目で問うと、王子は微笑んだ。

「カイルの髪って綺麗だよね。結んでるのもいいけど、解くと全然印象が違うな。僕も金髪になりたいなってずっと思ってた」
「俺は銀髪って何て綺麗だと思ってたんですが。金髪ってこの国じゃありふれてるじゃないですか」
「そうかな。カイルみたいな金髪って独りもいないよ? 剣を抜く時、カイルの髪って陽光みたいにきらめくんだ。太陽の恵みなら金髪の方が相応しいんじゃないかって僕はいつも思って
た。銀髪は月光みたいだもの」
「でも、滅多にないんですよ、銀髪は」
 カイルはそっと王子の髪に口づけする。
「ファレナ王家だけが、代々銀髪の子供を生むんです。貴族に嫁ぐと不思議に銀髪は生まれない」
「ふーん」
 シュラトはカイルの髪を弄んだ。

「じゃ、僕がカイルの子供を生んだら、こんな金髪なんだなぁ」
「…………」

 思わずまじまじと見つめられて、シュラトは真っ赤になった。
「バカだな。僕が子供を生める訳ないだろ?」
「今、ちょっと本気で生んでもらいたいな、と思いました」
 カイルはクスクス笑う。バカ、とシュラトも小さな声で笑った。

 再びしっとりと唇を重ねる。求め合い、次第に呼吸が荒くなっていく。手が微妙な位 置を這い回り、びくつきながらも王子は必死でカイルにしがみついた。性器を握られる位 は想定内だからだ。
 しかし、さすがに秘奥を探られるに至って、シュラトも動転した。男同士の知識などシュラトにはない。お互い擦って、その後は漠とした想像でしかなかった。

「カ、カイル…そこ、ダメだっ」
「やめませ…ん」
 カイルの呼吸も荒い。シュラトの痴態を見るだけで、相当理性が飛びかけている。王子に拒まれた事すら、興奮を刺激していた。
「だって、そんなとこ」
「じゃ、どうやって男同士で一つになるんです?」
「け、けど…」
「力抜いて…下さい。出来るだけ、優しくしますから」
「う、うん…」

 しかし、心は許しても、体は拒否反応が出る。何より痛い。今までそんな用途に使われた事のなかった器官はカイルの指を拒む。
「あ……、だ…痛い…やめ」
「もっと、力抜いて…後がツライですよ」
「出来ないよ…痛っ」
 余りに辛がる王子を見かねて、カイルは指を抜いた。王子は少し不安げにカイルを見上げる。

「じゃ、やめときましょうか?」
「え?」
「男同士ですもん。イケればいいんで、イケれば」
 体を放し掛けるカイルの腕をシュラトはギュッと掴んだ。
「……嫌、だ」
「でも」
「最後までしてよ、カイル。ここまできて、さっきから僕ばっかりイッて、カイルもじゃないと嫌だ」
「じゃ、王子が俺のをして下さいよ。それでいいでしょ?」
「それじゃ、ダメだ。僕……。カイルには僕の中でイッて欲しい」

 カイルは脳天を勝ち割られた気がした。何か凄い事を言われて、自我が吹っ飛びそうになるのを懸命に抑える。
「でも、王子」
「一つになるにはこれしかないんでしょ? だったら、いいよ。カイルだから許せるんだ。カイルだって、王族を抱くって覚悟があるんだから、僕だってそれくらいカイルにしてあげたいんだよ。僕の全部あげるって」
 シュラトは懸命に笑顔を浮かべた。

「えへへ、考えたら、王族だけど僕もそんなに何かを持ってる訳じゃないね。カイルにこんなものしかあげるものないもん」
「…王子」

 息が詰まってどうしようもなくて、カイルは王子を抱き締めた。王子も腕をカイルの背に回す。
 もう躊躇いはなかった。ほぐし、湿り気を与え、王子を快楽の瀬に落として楽にさせると、カイルは王子の体を一気に貫いた。衝撃に王子の背がしなる。
「…………あ! あっ、あ!痛」
「声を出して…下さい…ツライなら、その方がいい」
「う…………ぐっ、あ! は…。いい…カイルなら…平気…」
 王子の爪が背中に食い込んでいる。その痛みすら快感に変わる。カイルは目を閉じて、懸命に王子の熱を感じ、自分の熱を与える。
 それで何かが満たされるような気がして。
「あっ…うう…ふ」
 王子の目から涙がこぼれている。舌で舐め取ると、シュラトは痛いながらも気丈に笑顔を作った。その唇を塞ぐ。

 愛しい。
 この人が愛おしい。
 虫がテントの外で鳴いている。だが、もっと甘い声がテントの奥でその夜、幾度となく繰り返された。


小説版のみの書き下ろしです。
ひえ〜、恥ずかし!
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