「ビターチョコレート」 2

 

「夏野っ、夏野! だ、駄目だ…って!」

 徹はまだ少しだけ抵抗している。軽くうなじを噛むとビクビクッと震えた。

「感じてるじゃん」
「だ、だからって…あぅ…っ」
「徹ちゃん、ここ好き?」
「好きとか…そういうの…っ、んんっ」

 徹は涙目になったまま喘いでいる。
 ギュッと夏野の腕を掴み、何かを訴えかけるような潤んだ瞳はひどく被虐心を煽った。

「じっとしてなよ」

 ジーンズの膨らみをツーッと指でなぞる。
 ん…っと震えた目尻を満足そうに見つめながら、さわさわと撫でる。
 それだけで重量と熱がグンと増えたのが布越しでも解った。

「たったこれだけでこんなにして…。恥ずかしいと思わないの徹ちゃん?」

 耳たぶを軽く噛みながら、囁いた。
 徹の目からポロッと涙が零れ落ちる。顔が真っ赤だ。

「だ、だって、仕方ないだろっ! 夏野に触られたら…」
「俺だとこんなになっちゃう訳? いやらしいね」
「ち、違うっ。俺はいやらしくなんか…っ」

 抗議する口を口で塞ぐ。舌を絡め合い、上蓋を舌でくすぐると、徹の体がビクビクと震えた。
 こんな所が感じると先に教えてくれたのは徹の方だ。やり返すのは気持ちいい。
 ようやく唇を離すと、徹は息を切らしたままぼんやりと夏野を見返した。
 上気した肌が艶かしい。
 抱かれてる時は快楽を受け止めるだけで必死で余り気づかなかったが、結構徹は色っぽかったんだなと夏野は思う。

(ヤバイな…。本気になりそうだ)

 キュッと膨らみを握ると徹ははぁん…と熱い息を漏らす。
 そこを刺激に強弱をつけながら扱くと、徹の指が夏野の腕をギュッと強く握り締めた。喘ぎながら、首を振る。

「や、やだ。だめだぁ、夏野ぉぉ」
「このまま、抱かれたい?」
「やぁ…あ…ぁ」

 徹の食い込んでくる指は痛い程だが、身体は弛緩している。
 うなじを吸われ、胸の突起を擦ってやるとうずうずと腰が揺れた。

「だ、だめ…ホントにっ。そこ、ダメ…夏野ぉぉ」

 徹の声が震える。ボロボロと涙が勝手に溢れる。
 駄目なのに、年下だと思ってたのに、体の奥が疼いて仕方がない。
 夏野を抱くのが当たり前で、組み敷かれたいと思った事など一度もなかった。
 だが、身体は夏野に触れられてどうしようもなく反応している。
 夏野ならいいかと心の何処かが思っている。
 身体は既に徹の意志を離れて、もっと奥への愛撫をねだって勝手に動いていた。

(お、俺、ホントに夏野に抱かれちゃう…のかなぁ?)

 でも、怖い。
 夏野はこんな恐怖を耐えて、自分のものになってくれたのだと思うと胸が熱くなるが、それでも心はびくついてる。
 もし抱かれてしまったら、明日からどうなるのだろう。
 今日はどっちにする〜?なんて順番を決め合っこしたりするのだろうか。
 夏野は強いから、いつの間にか主導権を握られて、大半が自分が下になるような気もする。
 今だって女王様が素直で従順なのはベッドの中だけだから、素直に屈服した方がむしろ自然かも知れない。

(でも、でも、それって…)

 何だか情けない。年上の沽券は何処に行ったのだ。
 夏野はかわいいから一杯撫でたいし、抱きたい。
 普段肩を抱いたり抱き締めたりするだけじゃ全然足りないから、自然とこんな関係になるしかなかったと徹は思っている。
 だけど、ベッドまで主導権を握られたら、夏野を撫でくりまわしたい、チュッチュしたい欲求を厳しく規制される事は目に見えている。
 それだけは阻止したい。反対したい。

(俺は夏野を一杯一杯甘やかして、愛して、途切れ途切れの呼吸の合間に『…好き…っ、徹ちゃん、好き…っ』って言わせたいんだ。
 イク時に夏野って呼んだら、本当は嬉しそうにギュッと震えて、反応してくれるのが好きなんだ。
 俺が抱かれちゃったら、そんなかわいい夏野が見られなくなっちゃうじゃないか)

「はぁっ、ああ…っ。いやぁ」

 でも、気持ちに反して、身体はもう制止が効かない。
 直接触れて欲しい。脱がして欲しい。
 夏野の手や指を素肌に感じたい。背中が反る。足の指先がシーツをゆるやかに爪弾く。

「夏野ぉぉ」

 どうしていいか解らなくて、夏野を見上げた。
 不思議と優しい目をして夏野は徹を見下ろしている。徹を怯えさせた冷たさも激しさもそこにはない。

「夏野…?」

 夏野はゆっくりと徹の手を掴むと、指に手を這わせた。
 そっとしゃぶる。敏感になった皮膚はそれだけで快い。

「まだ甘い…」
 夏野は呟いた。徹は首を傾げる。

「さっきのチョコの味がまだ残ってる。
 俺はこれだけでいいよ。誰からのチョコもいらない。徹ちゃんからのだけで」

 ゾクリ…と背中が震えた。
 夏野の赤い舌に釘付けになる。その言葉に縫い止められる。「結城夏野」という存在に。

(抱かれてもいい…)

 惑っていた心が固まる。傾く。どうなっても構わない。
 だが、夏野は指を綺麗に舐め終わると徹の上からフッと離れた。さばさばした顔でベッドの脇に座る。

(え…?)

 この後の熱い抱擁を覚悟していた徹は拍子抜けする。
 まさか休憩じゃない筈だ。こんな所で。

「ちょ、ちょっと、夏野?」
「何?」
「え、だって、しないの?」
「するって何を?」
「ええええっ、だ、だから…その、俺を抱くんだ…ろ?」
「まさか。お仕置きだって言ったろ?俺が徹ちゃんを本気で抱く訳ないじゃん」

 夏野は冷ややかに雑誌をめくり始めた。

「え、で、でもっ、こんな所で…っ」
「だって、徹ちゃん、嫌だ、駄目だって何度も言っただろ。
 それなのに無理強いするのはイヤだしさ。
 え、まさかマジで抱かれたい訳、俺に?」
「そ、そうじゃないけど…っ!
 こ、こんな状況でおしまいじゃ体が変になっちゃうっ! 勃ったまんまだしっ」
「何もしなかったらお仕置きにならないだろ。
 あ、ここでオナられてもみっともないから、トイレ行ってしてきてね」
「そ、そんな〜〜〜。な、夏野ぉぉぉ。
 さ、させて。夏野を抱かせて。俺、気が変になっちゃう!やらせて。夏野が欲しいよ!」
「徹ちゃん、うるさい」
「な、夏野〜〜〜」

 本当の涙目で縋る徹の内心小気味よく思いながら、夏野は無表情でページを捲り続けた。

「おあずけ」
「夏野ってば!」
「行儀のいいわんこでないとさせないよ?」
「ううう〜〜〜」

 仕方なく徹は神妙に正座した。
 これだけ切羽詰ってるのに命令を聞くのは躾の行き届いた犬だけだ。夏野は微かに笑う。

「チョコの意味、解った?」

 夏野は雑誌を閉じると、徹の頬に手を添え、嫣然と笑って口付けた。
 戒めを解かれ、徹は鼻を鳴らし、無我夢中で夏野を抱きしめる。転がるようにベッドに雪崩れ込んだ。

「夏野、夏野…っ」

 うわ言のように繰り返しながら、徹は夏野の体をまさぐった。
 体中にキスし、服を剥ぎ取ると、いつもより性急に身体を開く。

「あう…っ!」
「ご、ごめ…っ」

 謝りながらも徹の動きは少し乱暴で激しい。余裕など全くない。
 それでも、徹にずっと触れて興奮を隠していた身体はすぐほぐれて、徹を受け容れる。
 夏野の背中が反った。

「あああっ、あっ、あ!」
「あぅ、夏野…っ! 凄ェ…凄…ごめん、止まんな…いっ!」
「あ、ああっ、あ!」

 目が眩む。体が融け合う。熱くて甘くて気持ちいい。
 夏野は目を瞑った。
 世界中のどんなチョコを集めても、世界中のどんな腕に抱かれても、徹にはかなわない。
 他に欲しいとも思わない。

 だから、チョコなんかで俺の気持ちを推し量って欲しくない。催しで踊らされるのも好きではない。
 徹が自分を心から好きだと、欲しいと思ってくれる心より、他にどんな甘いものがあるというのか。
 こんなに溶け合える官能が味わえるというのか。
 溶ける。融ける。もう自分でも徹でもなくなる。あの瞬間が訪れる。
 夏野は息を切らしながら徹を抱き締める。

「は、好きっ…、好きだ、夏野…っ」
「お、俺もっ、俺も…好き…っ」

 切れ切れな言葉で呟き合う。
 心の内側から突き動かされて思いを告げ合う。指を固く絡め合う。

「ああっ、徹ちゃんっ、徹ちゃ…んっ」

 指が徹の背に食い込む。足が徹の腰にグッと巻きつく。徹が震える。夏野は唇を噛み締める。
 もうすぐふわふわした煌めく雲の上に出る。
 多分、今、この場所は天国より甘い。 


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ヴァレンタインに上げようとジタバタしたが、なかなか出来なかった。
普段、静信さんのように紙にカリカリ書いてから、PCで打ち出しでないと原稿書けないので、
時間短縮の為、PC直打ちに慣れようと思ったが、5倍位時間食った。
ダメ、やっぱり俺は静信さんにしかなれない(^_^;)

精神的に夏徹もおいしいと思うんですが、挿れるのは徹夏でなきゃイヤみたいな(笑)

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