「春謳う猫」10

 

(気持ちいい…)

 終わった後の気だるさは何と快いのだろう。まるで楽園にいるようだ。
 甘酸っぱい程の幸福感に二人は漂っていた。
 目が合うと自然に唇を重ねた。
 あれほど濃厚に漂っていた空気は霧散していた。
 全ての色が優しい。
 ただの見慣れた部屋ですら、何となく爽やかで綺麗に思える。

「夏野…好きだぜ」
 夏野はクスッと笑った。
「今頃言うんだ」
「言っとかないとな」
「俺も好きだ。…多分、出会った時から」
「じゃあ、俺達きっと一目惚れだな」

 二人は笑う。徹は夏野の髪を弄った。
 耳も弄ると夏野はピクンと首をすくめる。

「お前って何処もかしこも感じんだなぁ」
「バカッ」

 夏野は顔を枕に埋めた。
 徹はクスクス笑いながら、夏野の背中にキスを落とす。

「…あのさ」
「ん?」
「今度の週末、俺の両親、仕事の打ち合わせでS市まで出張するからいないんだ。
 徹ちゃん…うちに泊まりに来ない?」

 思わず、グビビと徹の喉が鳴った。
 夏野が笑い、徹は赤面する。

「そ、そ、それは是非行かせて戴きます。
 で、その時、夏野と…今度こそ…」
「バッ、バカッ…」

 言わずもがなの事を口にする徹の頭を叩いた。
 その後、真っ赤になって俯いたまま夏野は呟く。

「それまでに…調べてきて。俺も…用意しとく…から」
「ん! 死んでも調べてくる!」

 徹は真剣な顔で宣言した。

「でも、解んなくても、愛がありゃ乗り越えられないかな」
「また、徹ちゃんは…」

 いつものにこにこ顔の徹に呆れつつも夏野は思う。
 徹が秘奥に触れた時は怖かった。
 性に疎かろうが考えれば解る。ああ、やっぱりここかと震え上がった。
 絶対無理だ。引き裂かれる。怒りより恐怖が先にたった。

 それくらい、夏野を押さえつけて見下ろしてきた時の徹の顔は必死だった。
 徹は無理にでも夏野を奪ってしまうかも知れない。
 己だけの欲望を優先させるかも知れない。
 徹と一つになりたいと望んだのは本当だ。
 ただ出すだけでは収まらない。
 相手を所有したい、自分の一部にしたいという願望こそが根源にある。
 快楽は重要だが付随的なものだ。

 が、身体の要求に負けかかっていたのは夏野もだった。
 例え、三日ほど歩けなくなってもいい。
 体を繋いでしまいたい。半ば妥協しかかっていたのだ。

 でも、徹はそんな事はしなかった。最後まで優しかった、とても。
 それが夏野は嬉しい。
 彼に身を任せた事がこんなにも幸せだった。

 だから、今度だって徹は夏野を傷つけたりは絶対しないだろう。
 これからもずっと。


「期待してるから…」

 急に胸に頭を摺り寄せてきた夏野に徹はドギマギする。

「夏野…」

 もう一度したいと、どちらからともなく唇を重ねる。
 徹がゆっくりと夏野をベッドに横たえさせた時、


「お兄ちゃん達―? 留守番ご苦労様―! 車から荷物運び手伝ってー。
 ご褒美にスーパーでアイス買ってきてるから取りに来てーっ」
と、階下で葵の叫ぶ声と、ドヤドヤと徹の家族達のざわめきや車のドアが閉まる音が玄関から響いた。

 二人の動きがピタリと止まる。

「やっぱ続きは週末、な」
「ん…」

 二人は苦笑しながら、服を掴んだ。
 そそくさと服を着て、いつもの姿に戻ると何となく気恥ずかしくなってくる。
 たった今、ヤッたのだ。
 お互いの顔が見られない。恐らく徹の家族達の顔も満足に見られないだろう。

(週末まで、後4日か)

 背中合わせで同じ事を考える。
 きっとそれ以外の事は何一つ考えられないだろうという予感に包まれたまま。


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徹と夏野の初めて。
今後を思うと、気の毒だ。
私はやっぱり小野先生もいいが、大元ネタのキングが死ぬ程好きなので二人には幸せになって欲しいなぁ。

キングの話はいつも希望がある。(ま、たまには例外もあるが) 

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