「雪遊び」




「う〜、冷えんなぁ」 
 ラビは首にマフラーを巻き直すと、庭に走り出た。粉雪を両手一杯にかき集め、空にパーッと放る。そのたびに粉雪がキラキラと輝いた。アレンは笑う。何となくラビが雪の中で転げ回る子犬のように見えた。


(……いいなぁ、ラビは)


 アレンには、あんな風に雪の中ではしゃいだ記憶がない。子供時代、友人が殆どいなかったせいだ。それを辛いと思う事は何故かなかったが。
 アレンは空から舞い落ちる雪を見上げた。



 雪に関しては複雑な感情がある。
 雪は常に旅の敵だった。足止めを喰う。一日中、降りしきる雪の中で芸をしても一銭にもならなかった事もある。古いブーツの隙間から入り込んだ雪のせいで、幼い足はひどいしもやけになった。赤く浮腫んだ足を無理矢理ブーツに押し込まなければならない時の苦痛とむず痒さを今も忘れる事はできない。



 だが、雪はマナとの出会いの象徴だった。


 あの日から幸福が始まった。暖房などない凍り付くような部屋で、二人で毛布にくるまって笑いながら夜明かしした事も、たった一杯のスープを代わる代わる飲み干した事も、しもやけの足に丁寧に薬を塗ってもらい、小さなおまじないの歌を唄い合った事も、いつだってほんのりと暖かく思い出せる。
 雪は師匠も感傷的にさせるらしく、夜はいつもより優しかった。
 暖炉の側でいつの間にか彼に寄りかかって眠ってしまったアレンを怒りもせずに、黙ってベッドに運んでいってくれた。寝かしつける時、大きな手で頭を撫でてくれた事を夢現ながら覚えている。
 雪投げは本気になる人だから、完全に『修行』で、いつも全身湿布する羽目になったが。
 それでも、冷え切った体で飲んだホットチョコレートはおいしかった。師匠は綿アメやクッキーなど『ガキの食いもん』には殆ど理解を示してくれなかったが、その日ばかりは大目にみてくれた。



 雪の日はいつだって楽しかった。


(雪の日はあの日から)


 その瞬間、顔面にパシャンと軽い衝撃が走った。


「……………あ?」


 目をパチクリさせて、顔から雪を払い落とす。
「何ボーっとしてんだ、アレン? エクソシストの癖に隙だらけだぜ」
 ラビが大笑いをしている。
「もう、やりましたねーっ!」
 アレンは思わず雪玉を作るとラビに投げつけた。
「ハハーッ!惜しい、惜しい!」
 ラビも避けつつ投げ返した。だが、さすがに本気になるとお互い全く当たらない。最小の動きで避けてしまう。
「ああ〜あ、やめやめ! つっまんねぇや、やっぱ」
 それでも楽しそうにラビは息を切らせて、雪の上に座り込んだ。雪玉を作りかけていたアレンはそれをティムキャンピーに軽く放ってやって、ラビの隣に座り込む。
「あ〜、でも体が温まったよなぁ」
「そうですね。僕、普通に雪合戦したのって、生まれて始めてです」
「へぇ、そうなん」
「雪玉でお手玉の練習をしたついでにってのはありますけど」
「お手玉?」


 刹那、隙を見たのか、ラビの手が雪をすくってアレンの顔に叩きつける。


 が、アレンは避けた。


 同時にラビの脇の地面から左手が飛び出す。雪がドッとラビの半身を埋め尽くした。



「これであいこです」
 アレンは笑った。雪だるまのようになったラビはアレンを睨む。
「くそ〜っ、左手は反則だろ〜、アレン〜っ」
 雪の中から飛びつこうとするラビをかわして、アレンは逃げた。だが、ラビは猛然とアレンにタックルする。二人は雪の上に転がった。
「ずるいだろ〜、アレンはぁ」
「アハハ。最初に仕掛けてきたのはラビですよ?」
 笑いながら、ラビは大の字になる。
「ふ〜ん、アレンてばさ。見かけよか負けん気が強いんだなぁ」
 アレンはチラリとラビを見た。
「僕を試したんですか?」
「う〜ん、それ程でもねぇけど。当分一緒に組むだろうしさ。相手の事を知っておくのが基本だろ?物投げて反応を見るのが俺のやり方」
 雪だけでなく、それは『言葉』も指すのだろう。アレンは肩をすくめた。
「じゃ、僕はどうですか?」
「いんじゃない? 不意打ちには弱いけどさぁ」
「ハハ、師匠にもよく言われました。お前はよくボーっとなるって」


(ボーっとね)


 それは少し控え目な表現だろう。さっきのアレンの顔は白昼夢でも見てるかのように空白だった。心の何処かに空洞でもあるのだろうか。
 アレンの笑顔はからっぽでも作り笑いでもないが、心の底から笑っている訳でもない。雪合戦の間、そういう素のままの表情を見られるかと思ったが、遂にその顔は引き出せなかった。
 まぁ、エクソシストが遅かれ早かれこんな笑顔になるのは致し方ない事だ。だが、アレンはまだ新人と聞いていたし、年齢的にもこんな笑みは早すぎるのではないか。
 だが、出会いとしては充分だ。
(不意打ちに弱い点は俺がフォローしてやるか)
 とりあえず、結論づけて、ラビはアレンを見上げた。
「あーやっぱ冷えてきた。寒ーっ!」
「そりゃ、そんな所で寝てるからでしょ?」
「あー、寒っ、寒っ。寒っ!」
 ラビはアレンに抱きついた。アレンは慌てる。
「もう、僕に抱きついたって暖かい訳ないでしょ?」
「いや〜、お子様の体温は高いからさぁ」
「誰がお子様ですかっ、もうっ」
 アレンは思わず立ち上がった。が、ラビはアレンの首に巻き付いたまま離れない。仕方なくアレンはラビを引きずって歩いた。
「も〜っ、ラビィ。ちゃんと歩いて下さいってェ」
「いいじゃん。やっぱお前暖っけーし」
「重くて歩きにくいんですよ。もう僕、家に帰りますから離して下さい!」
「どーせ、爺達の話は終わってねぇから、また追い出されるだけさあ」
「話?」
 コムイがブックマンに会いにきたのはリナリーが心配だからだけではない。ノアの一族が現れた為だ。アレンは緊張したが、ラビは背中で笑っているだけだ。



(どういう人なのかな?)


 リナリーや神田とは全く違うタイプらしい。余裕のある笑みが少し師匠を連想させた。ラビの方が少し掴み所がない感じだが、不快ではない。
「あっ、そうだ、アレン。雪だるま作ろう。雪だるま」
「はぁ?」 ラビは急にしゃがみ込んで、雪玉を丸め始めた。ゴロゴロ転がして、幼稚園児のようにはしゃぎながら、熱心に大きくしていく。
「お前、作った事ねぇんだろ? いいじゃん、作ろうや、アレン」
「え、ええ。いいですけど」
 アレンは苦笑いした。一緒に雪だるまを作り始める。
 アレンはそっとラビの笑う横顔を見つめた。


(子供なのか、大人なのかどっちなのかな、この人)


 よく解らない。
 だが、そんな事を気にする自分はラビよりずっと子供なんだろうなと思った。

エンド

素直にコロコロ雪の中でじゃれてる子犬の二人が好きなんです。
マフラーネタも書きたかったんだけど。

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