「赤と黒」

 


 低いざわめき。ルーレットの回る音。シャッフルされるカード。舌打ちと歓喜。天井をたゆたう紫煙。香水と長いドレス。妖しく笑う女達。不敵な笑みの男達。
 赤と黒のチップが人々の運命を分かち、ある者は天に、ある者は地に落とされる。
 実に簡単な人生の縮図。映画や芝居より夢見がちで残酷なリアリティ。

 そんな大人達の庭を器用に歩いていく少女の姿があった。
 黒の豪華なレースのドレスに、頭には揃いのヘッドドレス。まなざしはやや大人びているが、貌はまだ幼い。12歳か13歳あたりか。童顔と華奢な体つきのせいで、それ以下に見えぬ 事もない。ヘッドドレスの脇に柔らかな猫の耳があるのはご愛敬だろうか。音がするたび、ピクピクッと動くのを見て、
「…よく出来てるな」
 と、誰かが小さく呟く。

 だが、ただ愛らしい子供と呼ぶには、彼女の容貌は他と一線を画していた。髪は一筋の曇りもない白髪。瞳は光の加減で猫の瞳のように、赤に青にと色を変え、左目には何があったのか、星印と無惨な赤い傷が刻まれている。
 そして、彼女を何より際だたせているのは、醜怪な深紅の左手だった。用心深く黒のレースの手袋に包まれてはいるが、右手より微妙に大きなその手は、手袋だけでは完全に隠し切れていない。

 彼女はチップを換金した多額の現金を受け取ると、小さな溜息をついて、奥の席に向かった。観葉植物に隠れ、殆ど影に近い隅の席に座っている赤毛の男に声をかける。


「師匠、お待たせしました。もう帰りましょう」
「やはり早かったな、馬鹿弟子。少女と思って嘗めてきた連中をいい鴨に出来たろう?」
 師匠と呼ばれた男は琥珀色の酒を口に運びながら、口元に笑みを刻んだ。
「却って、いつもよりメンバーに入れてもらえなくて苦労しましたよっ。こんな裏カジノですからね。
 お願いです、師匠。いい加減、呪いを解いて下さい。僕、もう女の子の体なんてイヤです」
「ダメだな」
「師匠」
「未熟な癖に勝手にアクマ2体に挑んだりしたお前が悪い。しかも猫耳、尻尾、女体三点セットの下らねぇ呪いをかけられやがって。恥ずかしいのは俺の方だ、バカが。殺されなかっただけありがたいと思え。
 もうしばらくその姿で反省しろ、アレン」
 クロスはにべもなく言い放った。アレンは必死になって抗弁する。
「で、でも、ちゃんと呪いを解いてくれるって言ったじゃないですか。だから、僕、あんな…恥ずかしい事色々我慢してっ」
 その色々を思い出し、アレンは赤くなる。彼に呪いをかけたのは、レベル2の猫型アクマだった。彼女らは快楽殺人型のアクマで、被害者を時間を掛け、ネズミのようになぶり殺す。その為に彼女らはアレンの右乳首と性器にペンタクルを刻み込んだ。
 クロスは烈火の如く怒り狂い
『どんな呪いか調べるから』
という理由で、それはもう様々な事をされた。
『女の間は、それにふさわしい格好をしろ』
と、宿では教団特製のメイド服を強要され、今夜も何処で用意したのか、最上級のボビンレースをふんだんに使ったドレスを着るように言われた。

 確かに今は女の子の体だからドレスを着るのが当たり前だと言われればそれまでだが、アレンはあくまで男である。どんなに豪華で愛らしい服を着ても、それがいくら似合っても全然嬉しくない。
 
バッスルとコルセットはさすがに勘弁してもらったが、ペチコートは何枚も重ねないとスカートは膨らまないし、男よりずっと着替えに時間がかかる。スカートの裾がスースーして寒いし、動きにくく、足に長い裾が絡んでしょっちゅう直さないといけなかった。よく女の人達がこの格好で自由に動き回れるなと感心する。
 それに男の時なかったふっくらした胸や膣の内部を師匠に触られると、そこから溶けていくようにまるで抵抗できなくて、何でも許してしまうのだ。正気に戻ると、自分の体たらくが情けなかった。
 だから、早く戻りたかった。このままだと、体どころか心まで少女のままで人生流されていきかねない。それではエクソシストになるどころか、マナの道標を辿れなくなってしまう。

「まだ調査中だ」
 クロスはアレンに顔も向けない。
「でも、もう一週間ですよ! 毎晩毎晩あんな…っ! 呪いの調査はもう充分なんじゃないですか?」
「じゃ、不完全な状態で戻していいってのか、馬鹿弟子。月代わりで女になったり、男になったりしたいか。呪いを解くっていうのは、性質を知らないとそれなりに難しいんだ。そいつがお遊びで掛けられたにしたってな。これもマナの程じゃないが、お前の体を変化させる程強烈だ。呪い返しの危険性だってある。
 それとも、ふたなりになりたいのか、ええ?」
「………でも…」
 アレンは恨みがましく師匠を見つめた。クロスのやっている事は呪いの性質を見極める為とは到底思えない。呪いのせいで、快楽に一段と弱くなった体を面 白がって開発しているだけだ。科学者らしい好奇心と探求心は結構だが、これで妊娠でもしたら責任を取ってもらえるのだろうか。日々増えていく愛人達への扱いを間近で見ているだけに、アレンの心配は切実だった。

「本当は師匠なら、呪いなんて簡単に解けるんじゃないですか? 僕を元に戻さないのはただお仕置きしたいからで…。師匠はガキが嫌いですもんね。男のガキより女のガキの方がましだと思ってるんでしょ?」
 クロスは鼻でフンと嗤った。
「じゃあ、馬鹿弟子君。一人で戻ってみたらいかがですかね。そんな簡単な呪いなら、ご自分で解いてみてはいかがだ?」
 グッと詰まったアレンを蔑むようにクロスは彼を睨め付けた。


「出来もしない事を言うんじゃねぇよ、バカが。エクソシストとしての知識もない。一人で満足に戦えもしない。筋力も体力も半人前。それで男に戻りたいだ? まーだ、勉強が足らないようだな、ガキ。お前みたいな寄生型は発動すれば、一瞬で体力を食い潰されて終わりだ。そんな奴、前線に出せるか。
 何も出来ないんなら、金くらいは稼いでこい」
「だから、稼いできたでしょう!? もう! ここだって、余り荒稼ぎしてると出入り差し止めになるんですからね!」
「……あ、忘れてた」
 アレンの抗議を無視して、クロスはテーブルに書類を放った。一瞥し、アレンの眉が吊り上がる。
「なっ、何です、この金額っ!? 師匠、またっ!」
「頑張ってこい、馬鹿弟子。夜は長い。別に帰宅を急ぐ事もなかろう。それともベッドが恋しいか、坊や?」
「イヤですよ……もう」
 アレンはさすがに半泣きになった。請求書はマナとの一年間の生活費を軽々と越えている。一体、何をすればこんな請求書を右から左にこさえられるのだろう。やっと今、師匠の『この街限定の』請求書を完済できる金額を稼いできたばかりだというのに。
 マナとの生活は幸福だったが、しばしば食うにも事欠く生活だった。アレンは今、この請求書をチャラに出来るカードの腕を持っている。だからこそ、惨めだった。
 もし、あの頃、この腕があれば、マナもあんな悲惨な死に方をせずに済んだかも知れないのに。
 マナを甦らせようなどと甘い戯れ言に耳を貸さずに済んだのに。
 

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師アレティキの完全18禁です。3分の2は裏行きですのでご了承下さい。
 

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