「じゃ、頑張ってこい、馬鹿弟子」
 まだ余韻醒めやらぬアレンに、クロスは素っ気なく声をかけた。アレンは恨めしげに彼を見上げる。
「師匠って、ホントに…」
「何だ、まだ激励が足りないのか。可哀想だから、最後はホテルでと思ったが、今がよかったか?」
 ニヤリと笑われ、アレンは青くなった。何とかよろめきながら、立ち上がる。
「いいですよ、もう!のんびりしてて下さい!」
「はーい」
 素っ気ない声で応答され、アレンは少し肩を竦めて歩き出した。トイレに行って、体を拭いてこなくては。足の間にまだ師匠がいるようで気持ち悪い。
「ふぅ……」
 吐息をついた所で、気が緩んだのだろう。溜まっていた体液がまた溢れ出して、内股を伝うのを感じた。

(うわぁ…)

 内心慌てた時、足が縺れた。ぐらりと身体が揺れる。思わず手をソファに伸ばした。
「おっと」
 顔を上げる。大きな手がアレンを支えていた。シルクハットに燕尾服。黒い髪。長身で細い筋肉質の身体の…。


(マナ!)


 期待を込めて、見上げた先にはマナと同じ気さくな、しかし全く違う浅黒い青年の顔があった。ハンサムで髪が少し縮れている。その顔がにっこりとアレンを見つめていた。
「あら、露骨にがっかり? 傷つくなぁ」
 青年は苦笑した。アレンは慌てて身繕いする。
「すいません。ありがとうございます」
「いいって事。気をつけてね、お嬢ちゃん」
「はい」
「…あ、そうだ。君、後でお近づきに僕とカードやらない? 君、結構強いみたいだから」
「はぁ」
 アレンは気のない返事をして、立ち去っていく。その後ろ姿をにぎにぎして見送っている青年の背に、この上もなく不機嫌な声がかかった。


「俺のに、勝手に触るな。汚れるだろうが」
「うわ、ひどーい。招待したのに、それはないんじゃない?、クロスゥ」


 ティキはニコニコしながら、振り返った。トコトコとクロスに歩み寄る。
「かっわいいねぇ、彼女。少年を弟子に取ったと聞いてたけど、本当は女の子だったんだ。やだなぁ、隠すなんて。うふふふ。柔らかかったなぁ、おっぱい」
「殺すぞ、貴様」
 クロスは新しいバーボンのグラスに口を付けている。ティキは相変わらずアレンの胸の感触を思い出してニコニコしていた。
「で、何だ。用がないなら、失せろ。俺は貴様と酒を飲む趣味はない」
「つれないねぇ、全く。男同士がこういう所で飲む以外何すんのよ」
 ティキはバニーガールに手を挙げた。しっぽと耳を揺らしながらやってきたバニーからポートワインを受け取る。
「何もしない、というのもいいだろう」
「そうだねぇ」
 ティキは席に戻って、またカードを始めたアレンを見やった。

「ここであんたとやり合うのも、俺は気にしないけどあんたは嫌だろ?」
「俺はかまわんさ。ここはお前の店だろうが」
 平然と他人が巻き添えになっても構わない風情のクロスに、ティキは苦笑いした。元帥になる条件の一つは優秀である事とは別 に、非情になれるか否かだ。非情でなければ、部下は統率できない。エクソシストは軍隊の一種だ。神の使徒とはそういう存在なのである。

「そうだねぇ。出入り禁止になっちゃうねー。僕の家族怖いから。みんなから痛くされるのイヤだし」
 ティキはワインを一口含んだ。いい香りだ。素晴らしき母国ポルトガル。
「じゃ、失せろ」
「怖い顔するねぇ」
「地顔だ」
「消化不良になんない?いっつも眉間にしわ寄せてると」
 ティキは人差し指を額に当ててトントンと叩いた。
「大きなお世話だ。貴様の顔を見たからじゃないか?」
「ひどい言い草。一緒に仕事した事もあったじゃないよ、相棒」
「ヴァチカンがお前の正体を突き止めてなかったからだ」
「そりゃ、仕方ないでしょ。俺もその頃、自分の正体知らなかったもん。
 俺だって、千年公から商売受ける前はフリーなんだからさ。そこまで目くじら立てられちゃ悲しいなぁ」
「なれ合うつもりはないと言ってる」
「まぁ、それもそうだよね。旧交を温めるには、虫が良すぎるか」
 ティキはまたアレンを見た。

「じゃ、あの子とカードやって帰るかな。あんたが駄目なら、まず馬を射よってね」

 クロスは初めてティキをジロッと見た。
「あいつと親交を深める気か」
「あの子、まだエクソシストじゃないんでしょ? じゃ、いいじゃん。あの子、落ちこぼれて、この手で殺さないで済むかも知れないし。それはそれとして、将来が楽しみな感じだし。
  美人になるよ、あの子。エクソシストにして一生独身なんて勿体ない、勿体ない」
「俺が指導者として無能なように言うな」
「そういう可能性もあるって、言ってるでしょ?大体、教師が生徒とこんな所でセックスなんて感心しないな。しかもあんな子供と」
「あいつを大人にしたのは俺じゃない」
「みんな、そういうんだよね、ケダモノ」
「ケダモノがケダモノ呼ばわりするな」
「ひどい、マリちゃんて。昔はそんな風な人じゃなかったのに」
 ティキはしくしく泣き出した。嘘泣きなので、クロスは見向きもしない。

「セックスなんて、誰でもやってる」
「こんな所じゃしないでしょ、普通。しかもティムに映像取らせてさ」
 ティキはティムのしっぽを掴んで持ち上げた。ティムは怒って、ティキの腕をガブガブと噛む。
「ティムに映像を取らせたのは、いずれあいつがエラクなった時、馬鹿弟子の弱みを握る為だ。俺の老後の安泰の為にな」
「わ、悪(ワル)〜っ! あの子、貢がせて、まだ搾り取ろうっての?俺はそこまでしないよー? ちょっぴり殺人好きの、ただの愉快な青年だもん。あんたみたいな陰気な仮面 舞踏会じゃないもん」
「うっとおしい。消えろ」
 クロスはうんざりしたように言った。貴族の称号を持っている割に、どうもティキは軽率な感じがあって好きになれない。
「やれやれ」
 ティキは立ち上がった。ふと、クロスの耳に聞こえるように囁く。ノアの目が細くきらめいた。

「…俺がカードに勝ったら、あの子、もらっていい?」
「……………」

 クロスはティキを見上げた。無表情の仮面に光は伺えない。
「その代わり、俺が負けたら、あんたの言う事を何でも聞いてあげる」
「何でも、か?」
「うーん、死んでくれって言われたら困るけど。俺も自分がどうやったら死ねるか解らないし」
「チッ」
「そこで露骨に舌打ちしないで欲しいなぁ。傷ついちゃうよ?」
「そういう柄か」
「俺だって『人間』だもん」
「人間か、お前は」
「そう。どうしてだかね。俺もそこら辺の『人間様』なの」
 ティキはほろ苦い笑みを浮かべた。クロスはその顔をじっと見る。

「一度聞きたい。何故、俺に興味を持つ?」

 ティキはバニーからカードを受け取ると切り始めた。クロスはその手つきをじっと見守りながら尋ねた。


「何故? 何故って…」
 ティキはカードを配りながら首を捻った。
「人間が好き、だとしか言えないなぁ」


今度こそ、最後まで後半全部裏なのです。

クロス×ティキv 結構いいカップルだと思うんですけどね。ハァハァ(笑)


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