「赤と黒 5」

 

「ここでどう?」


 ティキはビリヤード室のドアを開いた。
 店に命じて人払いし、照明が薄暗い撞球場は人気がなく静まりかえっている。裏カジノのせいか狭く、3台のプールバーが並んでいるきりだ。それでも人の体臭と香水、紫煙の香りがまだ立ちこめている。遊びを中断された不快感の怨念のようだ。

「まぁ、よかろう」
 クロスは頷いた。どうせ何処でも同じだ。団服を脱ぐとプールに放った。ブラウス姿のクロスなど初めて見る。用心深い彼は昔もティキの前で一度も気を許した事などなかった。ティキは笑う。これだけでも誘った甲斐はあるというものだ。

「大胆だねぇ」
「どうせ貴様相手に団服など意味なかろう」
「ま、そりゃそうだ」
「じゃ、さっさとプールに上って、足を広げろ。貴様が人間なら、多少は人間らしい扱いをしてやる」
「暴行が人間らしい扱いなの、マリちゃん?」
「和姦だ」
 クロスは訂正した。

「戦闘すれば、街が半壊する。馬鹿弟子に説明するのも面倒臭い。ただ帰れというのも癪に障る。相互理解と貴様のうるさい口を塞ぐには、セックスが一番てっとり早いだろう。
 それで俺とはこれきりにしてもらいたい」

「つれないねぇ。これをきっかけに俺が更正するとか、寝返るとか考えないの?」
 クロスは首を振った。
「思わない。お前はいずれブチ殺す。お前も俺を殺しにかかる。殺しの螺旋以外あるか、俺達に?」
 ティキは肩を竦めた。軽く笑う。
「思いません」
「結構」
 ティキはズボンだけ脱いだ。俺って今、最高にかっこ悪い格好なんだろうなぁと思いながら、プールに上がる。
 と、いきなりクロスがのしかかってきた。さすがにティキはたじろぐ。

「ちょ、ちょっと!」
「何だ、往生際の悪い。処女か、手前は? 面倒臭いのはイヤだぞ」
「いえ、お手間は取らせませんが、いきなりはやめて」
「フェラでもして欲しいのか」
「まー、出来ましたら」
 クロスは退いた。ちょっと渋々という感じでズボンのボタンを外す。


「じゃ、しゃぶれ」


「はぁ?」
 ティキは不意をつかれて、まじまじとクロスを見つめた。
「好きでもない野郎に突っ込むんだ。その気にさせてもらわないと、やる気にならん。誘ったのはお前だ。礼儀を尽くせ、ティキ=ミック卿」
 ティキは渋い顔をした。
「こういう時だけ『卿』ですかぁ?」
「中身を伴えって、言ってる」
「犯られるのは俺なのに、何か要求多いですねぇ」
「セックスってのは、そうだろ。特に一方的な場合は」
「…そりゃ、切ないなぁ」
 ティキはクロスの前に跪いた。ズボンの前をくつろげると、クロスのがすぐ顔を出す。その怒張した赤黒さにティキは嫌な顔をした。

「あんた、化け物じゃない? どうしてこれで平気でいられるんだよ」
「ホテルでのお楽しみをぶち壊したのは貴様だろ」
「藪蛇だったかなぁ。あんたってさぁ、ホントはあの子が…うっ!」

 ティキの言葉はその怒張したものを無理矢理口に突っ込まれる事で中断した。喉の奥に当たって痛いが、クロスは許さない。噛んでやりたいが、喉の後ろと顎を押さえられているから、自分が窒息するだけだ。とっとと終われと思いながら、夢中で舌を動かし、奉仕する。唾液とクロスの体液がしみ出して来て、口の中がすぐ一杯になる。せめて飲み込みたくて、上目遣いに要求したが、クロスは知らぬ 振りだ。口からこぼれ落ちるのに任せた。

「貴様は…そうやって跪いて喘いで…るのも、結構様になるな、ティキ=ミック卿」

 クロスは笑った。どうなのかなと、ティキは思う。髪の毛ひっ掴まれて、下半身丸出しで、口の回りべたべたにして、喘ぎながら敵のナニを(結構悦んで)しゃぶってるって知れたら、ノアはともかく『卿』ではなくなるかも知れない。レストランの三つ星が二つ星くらいに減らされてしまうかも知れない。

(まぁ、いいや)

 ティキは思った。クロスとは相容れない。だけど、こうしたかったから誘った。しないかと思ったのに、させてくれる。でも、これきりだと言うし、自分もそう思う。何て発展性のない不毛な関係。いいねぇ。どうしようもない関係って人間ならではのもんだろ、諸君。

「んっんっん」

 口を必死に動かす。クロスが自分を見下ろしている。感じてはいるようだが、見下ろす目は射るように冷たい。いや、温かくても困るんだけど、でも、もうちょっと興奮してくれると嬉しいのに。

 いきなりベタベタしたものが飛んできた。かかったと思われた時はもう遅い。白濁した液が仕立てのいい背広を汚していくのをぼんやり見つめる。とりあえず、顎が疲れていたので助かったとだけ思った。

「お似合いだな」
 クロスはティキの顎を掴んで嗤った。ティキも薄ら笑いを浮かべる。呼吸が苦しくて、脳が鮮明でないからだ。クロスはその顔が気にくわなかったのだろう。いきなり唇を塞がれた。夢中で舌を絡め合う。

(自分の味がしても気にならないのかな、マリちゃんは)

 よく解らない。相手の嗜好などどうでもいい。クロスからキスしてくれた事がちょっと驚きだ。抱き合っている内に触れておきたくて、クロスの背や髪に手を触れる。張りつめた筋肉の感触が好ましい。ずっと触れてみたかった。あのたくましい肩やどうにも頑固そうで情熱的な深紅に。
 が、すぐ両手を掴まれて上に上げられ、プールに押さえつけられた。
「俺に触るな」
「ケチ」
 睨む。キスはよくて、何で手で触るのは駄目なのだ。そりゃ、俺の手は特製ですけどね。舌もそうなんですって言ったら、キスさせてくれるのかしら。
 勿論、言わないけどね、そんな事。

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