「アンチ・ピエタ」
初めて会った時から変な奴だと思った。
名前はアレン=ウォーカー。
細っこいモヤシみたいな体に、半病人みたいな顔色。老人でも滅多に見ない真っ白な髪。悪魔のペンタクルが刻まれた呪われた左目。そして、深紅で異形の聖なる左手。
『こいつ、千年伯爵の仲間(カモ)だー!』
って、門番の言葉を俺が鵜呑みにしたって仕方がないだろう。
しかも腕をぶった斬り、剣先を突きつけてやったのに俺を『カンダ』と呼び捨てにした上、
『よろしく』
と、あっさりと握手を求めてきやがった。
澄んだ目。何もなかったみたいな顔をして。
どうかしてるぜ。他の奴なら怒るか怯えるか、一歩引くか、別のリアクションをするだろう。そりゃ、誤解とか行き違いだったかも知れないが、あんなにあっさり割り切れるか? 何のわだかまりもなく和解できるか?
本気で俺に殺されかけたんだぜ?
初対面の奴から呼び捨てにされるのも、俺の刃を寸前で躱したのも気に食わない。
かわいい顔をしているが、相当神経がズレてるか、恐ろしく図太いかのどっちかだろう。
そんな奴に素直に握手を返せる程、俺は単純じゃなかった。
「呪われてる奴と握手なんかするかよ」
人の足に砂を引っかけるような言い方で俺は奴との間に一線引いた。元々、俺は陽気で社交的な性格ではないのだ。みんなで仲良くなんて柄に合わない。
俺達はエクソシストだ。AKUMAなんて、感情移入すればこっちまで心の傷を負うような連中と戦っている。心に防壁を張らないと、とてもまともじゃいられない。
「ごめんね、任務から帰ったばかりで気が立ってるの」
と、リナリーのフォローする声が聞こえたが、俺はどうだってよかった。俺は元々こうなのだ。新人にどう思われようが知った事ではない。
しかし、アレンはどういう訳か俺の目を引いた。仕方ねぇよな。あんなに目立つんだから。若いのに白髪。異形の手。だいたい『異質』なものは顔のイボだろうが、人の注意を引く。視線を集める。
まして、アレンは髪を染めようとも、腕を隠そうともしていない。あんな手じゃ世間で苦労しただろうに、余り意味のない指なし手袋をしてるだけだ。
どんな人混みにいても、アレンの姿は一番に目に付いた。あいつ以外にも金髪とか赤毛とか目立つ奴は結構いるのにな。
俺が『適応者』という事もあるんだろう。適応者は他人のイノセンスにも敏感だ。気が付くと、俺はあいつを目の端に捕らえてしまう。それがますます気に食わない。
エクソシストは神に選ばれた使徒だ。心から望んでも、神の武器イノセンスに対応するとは限らない。イノセンス自体はただの物質だ。おのおのイノセンスはただ一人にしか感応しないし、それだけでは何の力も発動できない。エクソシストとして覚醒して、初めて神の御技を発揮できる。
自分を特別とか特殊とか思った事はないが、確かにエクソシストは人と少し違った感じの奴が多い。よく言えば犯しがたい雰囲気、悪く言えば、変わり者だ。
アレンの師匠クロス=マリオン神父も上級エクソシストたる元帥の地位にありながら、黒の教団からある日プイッと出ていったきり帰ってこない。かわいい弟子の公式な挨拶にも同席しないなんて、余程本部が嫌いなんだろう。過去に何があったのか色々憶測する奴も多いが、噂が多すぎて真実を知る者は殆どいない。
AKUMAは増加する一方だし、千年伯爵は実に狡猾で仕事熱心だ。こんな時、職場放棄は神への冒涜ではないかと言う奴もいるが、上層部はクロス元帥の失踪を放任している。
だいたい、そんな身勝手な男がよく弟子を取る気になったもんだが、その教育を受けた割にアレンは礼儀正しくて、品がいい。教団の制服たる黒いコートをまとった姿は聖職者というより、どこかの貴族の子息のようだ。
(俺と違って、よっぽど育ちがいいんだろうな)
そう思っても不思議はない程、あいつの一挙一動は俺達と出自が違う気がする。
気に食わない。
俺の目がアレンを追ってしまうのはエクソシストの性だから仕方がないにしても、あいつが視線に気付く前に目をそらしてしまえば済む事だ。それでいい。余計な仲間意識はたくさんだ。一緒の任務に出てもそれで割り切れる。
俺は独りがいい。
なのに
「あの、ここ、いいですか?」
朝食を摂る俺の前にアレンはトレイを持ったまま立っていた。小首を傾げて、お伺いを立てている。
「他もあいてるだろ?」
俺は素っ気なく言った。食堂は修道院のような長いテーブルで構成されている。みんな仕事に追われているから、食事時は戦争だ。人でごった返していたが、何もわざわざ俺の前に座る事はないだろう。
「ええ。でも、やっぱり知ってる人と一緒がいいかな、って」
「俺はお前の事なんか知らない」
アレンは傷ついた顔をした。でも、俺は動じない。こんな顔くらいじゃ。
「最初に会った人じゃないですか」
「俺以外にも歓迎会で一緒に話した奴とかいるだろう。みんな気さくで詮索好きだ。あいつらと食事した方がよっぽど楽しいぞ」
俺は引きちぎるようにパンを囓った。
「俺はお前の事なんか知りたくない。お前を知りたがる奴と話ししろ。他人と会話したけりゃ」
だが、アレンは食い下がった。
「ええ、でも、初めて任務に一緒に行った人だから」
「じゃ、俺がどんな奴か解っただろう?」
「いいえ」
俺はスプーンを銜えたまま、顔を上げた。
「あれで解らないならお前は馬鹿だ」
「あれで全部解ったなら、凄いです。僕はカンダの事を殆ど知りません。あの時、一緒に仕事した以外は何にも」
「だから、お食事して親睦を深めようって?
ごめんだね。メシがまずくなる。俺は昔っからメシは独りで喰う主義なんだ。手前みたいな大食らいと一緒に喰ったら見てるだけで胸焼けする。向こう行け」
周囲の人間が俺達をこっそり注目しているのを感じた。ああ、くそ。こんな状況は大嫌いだ。
「駄目ですか?」
「行かねぇなら、俺が出ていく」
「アレン君!」
気配りリナリーが困ったようにアレンを呼んだ。アレンは俺とリナリーを見比べていたが、俺が折れないので溜息をつく。ようやく俺の視界から離れた。
(やれやれ。朝から勘弁しろよ)
俺は食欲をなくして、喰いさしのトレイをカウンターに突き戻した。
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