「相変わらず、ここね」
 リナリーが俺を上から覗き込んで笑った。
 俺は居眠りを中断されたが、目を瞑ったまま僅かに口元を上げる。
 リナリーは俺の神経をそばだてない珍しい人間だ。人の美醜はどうでもいいが、女としてかなり『かわいい』部類に入るのではないかと思う。野郎ばかりのむさ苦しい教団が纏まっているのは、彼女の人当たりのよさが大きい。あの変態コムイ室長によくこんな出来た妹がいるもんだ。
 俺も何となく彼女に頭が上がらない。多分、リナリーが微塵も俺を恐れていないからだろう。  付け加えれば、彼女も適応者だ。
 俺達は教会の礼拝堂にいた。
 俺達は聖職者だけど、AKUMA対策に追われて、まともに礼拝してる奴なんか殆どいない。黒の教団は祈りの為の組織ではなく、戦闘結社だからだ。だから、礼拝堂は月に数回公式な礼拝が行われる以外は殆ど無人だった。誰も邪魔しないし、静かでいい。俺は任務以外の時間、大抵ここで昼寝をする。
「………何だよ」
 俺はうっとおしそうに髪を掻き上げた。
「アレン君が気にしてたわよ。何か嫌われるような事したかなって」
「説教ならお断りだぜ」
 俺はうるさそうに寝返りを打った。
「お説教じゃないわよ。忠告。これからも一緒の任務につくなら、ちょっとは協調性を身につけなくちゃ」
「俺にそんなもん今更求めるなよ」
 リナリーは溜息をついた。
「何が気に入らないの」
「全部」
「何処が? いい子じゃない。感じがいいし、優しいし。見た目は頼りないけど、思ったよりしっかりしてるし。AKUMAに対して、あなたと意見が合わないのも仕方ないでしょ?」
「呪われてる。頑固。うざい。目障り。髪が白い」
 リナリーは思わず笑った。
「子供みたい。あれイヤ、これイヤって」
「イヤなもんはイヤだ」
「本当にもう、神田は好き嫌いが激しいんだから。仏頂面ばっかりしてると、誰とも組んでもらえなくなるわよ。そうでなくても、あなたは怪我が多いんだから。今はいいけど、背中を守ってくれる人がいたら、きっと心強いわ。誰も独りじゃ強くなれないのよ」
 リナリーが心配そうな顔をしてるのは見ないでも解った。だが、俺は彼女の言葉は受け容れられない。人間不信だろうと言われても仕方がない。多分、俺はそうなんだから。
「今までそれでやってこれた。これからもそれでいい。第一、それとアレンの事は関係ないだろう」
「関係あるわ。信じ合えない者同志でどうやって伯爵に対抗するの?それこそ伯爵の思うツボじゃないの。解ってて、解らないふりをしないで」
「信じてない訳じゃない。好きじゃないんだ」
 俺は身を起こした。リナリーに睨まれて、さすがにたじろぐ。どうして俺はどうもリナリーが苦手なんだろう。
「大丈夫。俺もプロだ。仕事に私情は入れない」
「屁理屈だわ、そんなの。少しはアレン君を見習ったら?」
「アレンの何処を?」
 俺はふて腐れたまま尋ねた。
「そうね。とりあえず笑顔ね。そんなみんなに敵意ばっかり向けてないで少しは笑ってみたら? やっぱり人間関係は初対面 の印象が大きいわよね。あの時はアレン君の方がやっぱり苦労してきたんだなぁって思ったわ。器が小さいぞ、神田殿」
「嬉しくないのに、笑えるか」
 リナリーは肩をすくめた。
「全く意固地なんだから。アレンの笑顔ってとても優しくて、感じがいいわ。あなただっていい男なんだから、少しは愛想を振りまいてもバチは当たらないわよ」
「笑顔?」
 俺は呆気に取られた。
「あいつがいつ笑った?」
「あら、笑ってるじゃない。初めて会った時だって…」
「あいつが笑った事なんてあるもんか。怒った顔や他の顔は見た事あるが、笑った事だけはない。もし、リナリーが笑ったと思ったなら、多分そんな風に『見えた』だけだ」
「そんな事…」
 リナリーは絶句したが、やがてクスクスと笑いだした。俺は当惑する。
「あー、やっぱり神田君は神田君だ。安心しちゃった」
 ポンポン肩を叩かれ、俺は眉を吊り上げた。
「何、笑ってんだ、お前」
「ん〜、神田はやっぱり目がいいなって。あなたは『本当』に見えるものだけ見てるんだ」
 いいな、と、リナリーはほんの少しだけ羨ましそうに俺を見た。俺は解らなくて、彼女を見返す。
「何の事だ」
「いいんだ。私の取り越し苦労だったかも」
 リナリーはファイルを抱え直した。
「さ、仕事に戻らなくちゃ。神田も夕方の会議には出席してよね」
「一抜けた」
「駄目よ、いっつも」
 そう言いながら、リナリーは笑って礼拝堂を出ていった。どうせ俺の出席なんか当てにはしてないだろう。俺は小難しい事も発展性のない会議も苦手だ。俺は剣だけあればいい。AKUMAとの間に言葉は無用だ。あいつらを同情しても仕方がない。殺してやるしか救いようがない者に何をしてやれる。
 俺は目を瞑った。
 俺は逃げたりしない。
 何処にも行かない。
 誰も心の中にいれない。
 あの人以外は。
 だから、早く任務に出たかった。斬るだけで他の事は何も考えなくていい。余計な事はゴメンだ。魂の救済なんて理想論は俺にはない。そんな事をすれば、自分を切り刻む羽目になる。
 人間は弱い。
 それだけが真実だ。
 コトリ……と音がした。


前へ  次へ


55 STREET / 0574 W.S.R / STRAWBERRY7 / アレコレネット / モノショップ / ミツケルドット