バレンタイン★キス

 

「兄さん…チョコ、もうついてないよ」
 僕は焦った。僕は大人じゃないから、酒に乗じてなんて不埒な真似はしたくない。それに兄さんの舌や息遣いも何か凄くなってて、本気みたいで、髪も乱れてて、感覚ないけどゾクゾクするんだもの。
  そりゃ、僕は暗い所でもその気になれば結構見えるんだけど、やっぱり陽光がまともに差し込んでいる部屋では全然違う。紅く染まった頬や耳も、少し乱れてる服も僕を刺激する。 確かに僕は皮膚の感覚がない。触ったって、兄さんの中に指を入れたって、その手や指自体は何も感じない。見てるだけ、聞くだけ、想像するだけだ。
  だけど、セックスの快感の8割は想像だ。皮膚の感覚なんて、その補完に過ぎない。自分のやりたい事、やられたい事を頭の中で想像して、相手の反応を思い浮かべ、実際にやってる行為の感覚がそれを補う。セックスとは、そういう精神の作業だ。 想像抜き、感覚だけの性行為なんて、何も気持ちよくない。強姦はその究極の行為だし、嘘だというなら、おかずいっさい抜きのオナニーでもやってみるといいよ。僕の言いたい事が大体解ると思う。
  性行為には対象が必要だ。支配欲、フェチ、呪縛プレイ、好みは人それぞれだけどさ。同じ相手、好きな相手、心が繋がる相手と何度もすると最初よりずっとよくなっていくのは、前の体験が快感を膨らませてくれるからだ。肌が馴染むって奴かな。
  同じ相手でも飽きた、感じないっていうのは、もう余り想像を入れなくなってるんだと思う。ときめいてないんだ。相手が嫌いじゃないけど興奮しないのは、淋しいよね。身体は満たされてるけど、相手が自分の事を『好き』だと言ってくれないみたいなもんだもん。
  恋愛してる時、心は常に動いてる。誤解でも思い過ごしでも、恋してる心は不安定で、常に揺れてる。相手の事を常に考え続けてる。
  反対に動かなくなったら恋は終わり。結末は二つ。本当におしまいか、愛情に変化するか。
  僕達はまだまだ恋愛中だ。僕達は幼い頃からずっとお互いに恋してる。お互いの為なら自分なんてどうなってもいい位 好きだし、兄さんなんて平気で自分の右腕を犠牲にした。
  でも、未来がどうなるか解らない。 今、僕達の目的は一つだけど、将来の夢は白紙だし、僕らの性格も違うから別 の道を目指したくなるかもしれない。
  大体、元の身体に戻ったってのどかに二人で居を構えて、いちゃいちゃ暮らすってのは、お互いの性格上あり得ない。 しばらくはそうしたい気もあるけど、多分すぐ飽きて二人して荷造りして列車に飛び乗ると思う。兄さんは退屈が苦手だし、僕らは人体錬成以外の研究も実はやりたくてたまらないんだ。世界は面 白い事で一杯で、脱線しないようにするのに苦労してる。
  もし、母さんが死ななくても、僕らは早いうちにリゼンブールを出てしまったと思う。兄さんは多分、都会のどこかのエライ学校から招聘されたろうし、僕は兄さんの世話をするとか何とか理由をつけてすぐ追っかけただろう。
  実際、そんな話もあったんだって兄さんが漏らした事がある。僕らの知能指数の高さは軍部以外からも注目されてたんだ。だけど、兄さんは身体を取り戻す為にその安穏な道を蹴った。 母さんの死が僕らの運命を変えた。僕らを深く結びつけた。
  もし、普通に暮らして、それぞれの道を歩み、お互いに別の相手を見つけて、幸せに暮らす。そう想像する時がある。だけど、それはもう余りに遠くて、兄さんに別 の相手と考えるだけで頭が沸騰しまう。それが普通の幸せなのか、もう僕には解らない。 兄さん以外の誰かを選ぶなんて考えられない。兄さんしかいらない。僕の人生は兄さんだけでいい。だから、それ以上想像しない。多分、僕は狂っちゃうから。
  僕に許されてるのは想像だけ。感覚がない分凄いんだ。でも、身体を無くす前に兄さんと結ばれていて本当によかったと思う。お互いの身体を共有したという経験は何者にも代え難い。努力して、過去の感覚はかなり鮮明に思い出せるようになったけど、さすがにセックスは経験が物を言うからね。
  僕は想像する。
  夜歩く時とか、列車で兄さんが居眠りしてる時とか。兄さんの着てる邪魔な服なんていつでも脱がせられる。どんな痴態でも演じさせられる。がらんどうの鎧の奥で。闇の中で。暗闇なら現実より面 白い事がいくらでもできる。
  だけど、やっぱり現実の兄さんは違う。全然違う。 痺れを切らしたのか、兄さんは猫みたいにグッと僕に身を擦り寄せてきた。僕の耳元(あればだけど)に口をつけて囁く。
「今度はお前の番だろ、アル」
  甘い声。 魂が震える。ない背筋が、お尻の穴がゾクッとする。兄さんの声。兄さんの吐息。
  相手を意のままに出来るAVを見てる感じ。実際に抱き合う感覚がないのは淋しいし、虚しくもあるけど、この瞬間は代え難い。
  リアルAVっていうのは何か…凄いよ。快感自体は僕の過去と想像が保証してくれる。昔のエライ宦官程、欲望は強かったらしいしね。
  十四歳の子供がこんなのにハマってるなんていけない事かも知れないけど、僕の欲望が多少歪んでたってどうしようもない。鎧とヤる事自体、変だもん。
  でもさ、じゃあどうしたらいいの?
  愛してるって言葉で満足する程、僕らは無邪気な子供じゃない。物分かりのいい、完璧な弟を演じ気もない。僕らは成長してる。十歳のアルフォンスじゃない。十一歳のエドワードでもない。壊してしまった世界を取り戻す為に懸命に足掻いてる。 僕らが身体で愛し合う事で、僕らの精神の均衡が保たれるなら、それは僕らにとって道徳なんだ。普通 の事なんだ。
  僕の失った感覚を少しでも喚起させてくれるのは兄さんだけだ。兄さんがいなくなったら、完全に僕の世界は閉ざされる。だから、僕は兄さんを抱かずにいられない。僕が僕でいる為に。

 

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