「お前、ホントに几帳面だな」
 僕がリボンを結ぶのを見て、兄さんが笑った。僕はチョウチョ結びが得意だ。鎧の身体と折り合うのは体術で何とかなったけど、指のリハビリが難しい。兄さんが機械鎧に馴れる間、僕は何千回と折り紙を折ったり、リボンでちょうちょ結びを作った。ウィンリィも僕が気兼ねなく出来るように、三つ編みをさせてくれた。兄さんが髪を伸ばしたのはその為じゃないかな?と時々思う。元に戻る事への願掛けと、僕に髪を編ませてくれる為に。
 勿論、僕はその理由を聞いたりしないけど。
「せっかくだから、髪に結んでいい?これなんて凄く兄さんの髪に似合いそうなんだもの」
 僕はオーガンジーの桜色のリボンを手にした。
「えー、女じゃあるまいし」
 兄さんは少しヤな顔をしたが、もう外出はしないからなとやらせてくれた。その間もチョコを食べるのはやめない。全く食いしん坊なんだから。
 にしても、大佐からの物らしいチョコは、やはりみんなずば抜けて高級そうだ。
「ねぇ、兄さん。これ、ホントに義理かなぁ。本気チョコに見えるけど」
「知るかよ。あいつが義理ってんだから、義理なんだろ?地位が高いから、それに見合ったもんもらってんのさ。大総統の分は台車が運んでたぜ?」
「大佐のは?」
「カゴ車」
「…………」
 僕はやれやれと、また箱を一つ開けて、包装紙を畳む。
「でもさ、もし、本気だったら悪い気がするな。こんなガツガツ…」
「あのな、アル。俺はあんなスケベ野郎の男女関係まで考えるのヤなんだよ。
 あいつ、君からのチョコはないのかね?とか抜かしやがった。ったく。俺は女じゃねーんだよ!だから、落とし前にチョコをもらってやったんだ。くれるってもんはもらうのが俺の主義だからな」
「兄さんてば」
 僕はまた溜息をついた。僕から見れば、大佐と兄さんの関係は猿山のボス争いでしかない。女性には解りにくい事だと思うけど、男ってのは何につけても(この場合、年齢差、立場、学歴は一切考慮されない)まず、お互いの『順序』を決めてから、つき合いを開始する。そうでないと、動けない。
 僕は『エドワードの弟』であり、それでいいと心から思っているから、他人と軋轢が起きないけど、兄さんは誰であろうと犬のようにまず相手に噛みつかずにいられない。兄さんは独立独歩型なんだ。僕は並んで歩くだけで、従ってる訳じゃない。大佐は兄さんの心に焔をつけた男だから、余計に意識し、張り合う部分があるんだろう。
 大佐は大人なのだから、そこらへん汲んでくれてもよさそうなものだけど、出会って以来、からかったり、利用したり、いい玩具扱いするのを止めようとしない。自分と真剣に同等の立場に立とうとする子供が片腹痛くもあり、同類の匂いを嗅ぎつけて、かわいくて面 白くてたまらないのだろう。
 ホークアイ中尉は
『二人とも同レベル』
 の一言で片づけている。僕も内心、中尉に賛成なので、とやかくは言わない。
「兄さん、もう口の周りベタベタだよ?」
 僕は困ったように兄さんを見つめる。
「え?ああ」
 服の袖で無造作に拭おうとするので、僕は慌てた。兄さんはハンカチを持っていても使うのを忘れてしまう。外で野宿した時なんか、コートでも毛布でもお構いなしに使うから大変だ。
「ほら…」
 ハンカチで兄さんの口を拭った。子供扱いされて、兄さんは少し嫌がるけど、大人しくされるがままになっている。
 一瞬だけ『舐め取りたい』と思う気持ちを必死に押さえつけた。ちっちゃい時は、口が汚れたら、兄さんが僕の口を舐めたり、僕が兄さんの口を舐めたり、平気でしてた。いけないなんて、ばっちゃんに言われるまで気づかなかった。ウィンリィにもした事あるから、変だなんてちっとも思ってなかったんだ。
 時々もう口なんてないのに、舌なんてないのに、口を開けて舌を伸ばしてると感じる時がある。もう体中の器官なんてないのに、心は覚えてる。絶対忘れない。
  夜の時なんて切ないよ。体中の細胞がパチパチピクピクするような、あの感じ。昇りつめていくあの感じが、否応なく蘇る。感覚を失ってるのに、鎧の下にある筈のない皮膚を感じたような気になるんだもの。鎧の下に僕が『アルフォンス=エルリック』が確かにいる。魂でなく、実物が。鎧を脱いで兄さんに直接触れたくて、もどかしくてたまらない。全身をギプスではめたように思えて、鎧がうっとおしくて、外したくて、わずらわしい。そんな気になるんだもの。
「もう、それくらいにしておきなよ。鼻血が出るよ」
「大丈夫だよ。それよかさ、お前の持ってるの、それ、うまそうだな」
 兄さんは僕が持ってるのを、顎でしゃくった。僕は箱をパタンと閉じた。
「もうだーめ」
「やーだ、喰わせて」
 兄さんは口を雛鳥みたいに開ける。
(か、かわいい…)
 ずるいや、兄さんは。そんな無防備にされたら、あげたくなっちゃう。だいたい僕が兄さんに食べさせるのが好きなの、兄さんは知ってるんだよね。僕も兄さんもお互いが好きな所みんな知ってて、勝てない部分が一杯あって、それがお互いをたまらなく幸せにする事解ってるんだ。
「もう、ちょっとだけだよ?」
 渋々って感じで、僕は兄さんの口にチョコを放り込む。むぐむぐしてる兄さんはホントに幸せそうで、いいなあ。僕もしてほしいけど、それはずっと先のお楽しみ。僕が元の身体になってから。
 あれもしたい。これもしたい。僕にはしたい事が一杯ある。他人が聞いたら、ささやかな事かも知れないけど、僕はそんな事を考えるのが楽しい。
「もう一個」
 兄さんはまたアーンと口を開けた。僕は親鳥みたいに兄さんの口に運ぶ。
「おいしい?」
 と、聞くとこっくり頷く。何度も何度も僕は兄さんの口に運ぶ。よっぽどおいしいんだろうな。ちょっと目がとろんとして、半目になって凄く色っぽい。人に物を食べさせるってエロチックだと思う。ちょっと舌が唇を舐めて、また次を欲しがってる顔は、あの時を連想させる。
 口からサクランボや洋酒の甘い香りがしてるんだろうな。僕はその匂いが嗅げない。でも、想像する。想像は色を帯びる。僕に許される事は想像する事だけ。
 音と視覚。そして、想像。
 僕はそれだけで兄さんとセックスする。
「ふー、もういい。お腹一杯」
 兄さんは満足したように笑った。僕は箱を閉じる。
「アル、お前の指、もうベタベタだな」
 兄さんはちょっと僕をからかうように笑った。
「そうかな?」
「そうさ」
 兄さんは僕の指を掴んだ。顔を寄せる。
「アルの指、甘い匂いがする………すっげえいい匂い」
 僕は無言になった。僕の身体は金属となめし革で出来ている。甘い匂いなんて縁がない。
「舐めてやろうか?」
 微かな声で兄さんは呟いた。

 

 

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