「帰っておいで 僕の愛しい鳥の人」
(…ったく、人使いが荒いさ、コムイは)
ラビは真新しい任務の概略を読みながら、回廊を歩いていた。
昨日、任務を果たして本部に戻ってみれば次の任務である。息付く暇もありはしない。未成年を過労死させる気かと抗議したい所だが、科学班の面 々の顔色が土気色を通り越して紫になっているのでは何も言えない。
『いっそ、一人でも過労で死んでくれれば、ヴァチカンに人材補填を請求できるんだけどねぇ〜。この人数で何とか出来ちゃう間は絶対何もしてもらえないから』
『…なら、あんた、死んでみたらどーですかぁ? 神田への再生技術と同じやり方で再生してあげますから』
『やだよ〜。リーバー君はキツイなぁ』
『コムリンよりは現実的解決法じゃないですか』
どこかの支店の課長と部長みたいな事を乾いた口調で笑いながら話すコムイとリーバーも、相当視線がアヤシクなっている。電波でも受信し始めないといいのだが。
(やっぱ黒の教団だけで世界中のアクマの災厄を対処しよってのも限界があるさぁ)
しかし、大元帥達からも今のところ現状維持の通達しか回ってこない。世界最大の組織とはいえ、カトリックも人の集まりである。千年伯爵のようにノアの一族のような超人戦隊とコネがある訳ではない。ヴァチカンにもこれといって、妥協策はないのだろう。
結局、割を食うのは末端の現場の人間だ。(切ないねぇ)
眠気が出て大きなあくびをした時、ラビは中庭のベンチにアレンがいるのに気づいた。頭にティムキャンピーが乗っている。そう言えば、あそこで前も見かけた。最近、あの英国庭園の石のベンチがアレンのお気に入りらしい。
お互い任務に追いまくられて擦れ違いばかりだった。さっそくラビはアレンの側に歩み寄る。
「やぽー、アレン! 久しぶり〜!」
「……あ、ラビ。どうも」
満面の飛びきりの笑顔で肩を叩いたのに、力のない笑みを返されて、ラビは拍子抜けする。
「何さー、元気ないの。どしたん、アレン?」
「別に。…ちょっと疲れが溜まってるのかな? ラビは元気ですね」
アレンは小首を傾げて笑った。ラビは片眉を上げる。アレンは自分の事となると大袈裟に笑って誤魔化そうとするから、他人の心配らしい。
とすれば答は一つだ。
「ユウがどしたん?」
「え…何で…」
「アレンが心配してるったら、ユウの事っしょ。違うん?」
「…………」
アレンは俯いた。
(ああ…やっぱりさぁ)
ラビは頭を掻く。
「またユウとケンカしたん? 何か言われた?」
アレンは首を振った。
「ケンカも何も最近ずっと任務続きで全然逢えないから…」
「それで淋しいん?」
「そうじゃないです。そうじゃないんだけど…」
「じゃ、何さ」
「…………」
アレンは口ごもる。ラビは肩をすくめた。
「ああ、まぁそうだよな。俺も明日からだし」
「ラビもですか? 僕は今夜からです。汽車の乗り継ぎの関係で待ってるだけで」
「そっか〜。コムイもひでぇよな。俺ら、このままだと青春残酷物語で終わっちゃうさ」
「ですね」
淋しそうなアレンの横顔にラビは切なくなった。何とか元気つけたくて、アレンの隣にピョイと座る。
「あ、そうだ。伝言あるなら伝えよっか。俺、ハンブルクでユウと待ち合わせだから」
アレンは妙な目つきでラビを見た。
「ラビはいつも神田の派遣先を知ってるんですか?」
「んー?まー大体は。俺の任地がユウのに近いから、ついでにコムイから資料渡すように頼まれたんさ」
「……いいな」
小さく呟いたアレンの言葉をラビは聞き逃さなかった。
「何、アレン? ユウから行き先聞いてねぇの? つき合ってるお前が知らなくて、俺が知ってるなんて情けな〜。
ハァ…全くユウも気が利かないさ。伝言とかメモとか残しとけばいいのに」
「い、いえ。違うんです」
アレンは慌てて手を振った。
「一緒にいる時はちゃんと行き先位教えてくれますよ。僕も戻れない時は、出先で探索部隊の人に神田に伝えてくれるよう頼みますし。
でも、僕ら任務で入れ違いが多いし、神田は戻らないまま次に移動がよくあるから」
「同んなじじゃん」
ラビは一言で切り捨てた。
「任務の終了や引継は探索部隊を通して、必ず本部に連絡してんだろ? そん時、何でアレンに一言伝言頼まねぇんだよ」
「え、ええ、でも、私用じゃ頼みにくいんじゃないですか? みんな忙しいし」
「何言ってるさ、アレン。任務は任務。私用は私用。
仕事中にアレンとくっちゃべってるならともかく、終わった後に目くじら立てる程野暮じゃないさ。俺達、只でさえ危険な事やってんだからさ。探索部隊だって仲間同士連絡取り合ってるのに、何でそこで変な気を遣うかな、アレンは。
メモ一枚、手紙一枚、報告書と別につければ済む話じゃん。電話だってあるんだぜ? 何故それができないさ」
「はぁ……」
アレンはしょんぼりラビを見上げる。アレンを怒っても仕方がない。要するに
「ユウは基本的に照れ屋だからさぁ」
「そうなんですよね…」
二人は同時に溜息をついた。
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