オープンな西洋人と違って、神田は恋愛関係を表に出したがらない。みんなが知ってる事だから、何を今更と思うのだが、アレンに優しくしている姿を見られるのは恥ずかしくて仕方がないらしい。キスするなど以ての外だ。
 アレンと二人だと 『リボンタイが曲がってる』 の、 『ほっぺたにパンくずがついてる』 の面倒見のよい面を発揮しているが、少しでも視線を感じるとあっという間に30m程も飛び跳ねて、アレンと他人の振りをする。
 
意識しすぎもいい所だ。西洋での生活が長いくせに、神田はどうしても日本人特有の羞恥心を手放せないらしい。
 神田を冷やかす程勇気のある人間はラビ以外いないし、仲のよい少年達の姿は微笑ましい。過剰ないちゃいちゃで風紀を乱すのでなければ、むしろ教団内の殺伐とした空気を和らげてくれると思うのだが、元々、神田は『孤高の人』で通 してきた。今更、アレンといる時の年相応の少年に戻っている姿を他人に見せるのは、顔から火が出る程恥ずかしいのだろう。


『中学生みてぇ』
『初々しいよな』
『俺にもあんな頃があったっけ』


 と、科学班の面々はクスクス笑っている。ラビにとれば、だから

(ユウは飛びきりバカで、かわいいさ)

 と、からかいがいがあるのだが、アレンが落ち込んでいるとなれば、面 白がってばかりはいられない。

「だからって、恋人に心配かけんのはよくないさ。いつもアレンばっか、一方通 行じゃ切ないしなぁ。
 アレンだって、便りがないのは元気な証拠なんてちっとも思ってないんだろ?」
 アレンは頷いた。会っている時は結構優しくしてくれるようになってきているし、笑顔も見せるようになってくれる。嫉妬深いのも思っていてくれるからだ。最初、短気で暴力的な男だと思ったが、つき合うと彼はアレンに手を上げた事は一度もない。
 神田は優しい。だけど、敏感で傷つきやすい部分も持っている。だから、無意識に他人を傷つけて遠ざけようとしてしまうのだ。それは多分過去に自分だけでは対処できない余程辛い事があったからだろう。
 自分の殻に籠もるしか自分を保てない。利害でしか他人と関係を結べない。一度心を殺すと、開くたびに血が流れる。その痛みを二度と味わいたくない。だから、誰も寄せ付けられないのだ。  貧困層にいたアレンはそんな人間を何人も見てきた。アレンもマナに出会う前までは人間が怖かった。信じる事が難しかった。
 まして、エクソシストは近づく人間を疑う事しかできない。仲間だからといって、親しくしろと願うのは難しいだろう。


 急いでは駄目だ。ちょっとづつ積み重ねていけばいい。
 彼が打ち解けてくれるだけで、アレンがどんなに幸せか説明できなかった。神田が静かに身を寄せてくる時、誰にも懐かない野生の黒豹の仔のつやつやした毛並みに触れるのを許されたみたいな気がする。
 最初に出会った頃から考えると素晴らしい進歩だと思うのだが、他者から見ると 『それはまず当たり前』 な事らしい。もっともっと恋人には気遣って、優しくしてやるのが普通 で、アレンが何故、色々我慢するのか解らないそうだ。
 ヒモ同然で虐待と愛欲の日々だった師匠に比べれば、神田は本当に優しい。ベッドでは情熱的すぎる位 だし、短時間でも心が埋め合わせられれば充分だと思う。それにどんな接し方をされても恋人は不安や心配を抱えるものだ。だから、ちょっと位 溜息をつくのも恋の内だとアレンは思うのだが、それはアレンだけが無理をしているだけだとしか言われない。
 神田を先に好きになったのは自分の方だし、そういう人間だと知っていてつき合っているのだから、少しくらい世間と違っても仕方がないのではないか。
 彼に心から優しかったのはマナだけだが、神田のような人間に『包み込むように愛して欲しい』と要求するのは難しいだろう。比較する気も毛頭なかった。神田は神田だ。神田だから好きになった。それだけだ。
 第一、マナの時のように24時間、常に一緒にいられる訳はない。二人きりの世界で身も世もなく愛し合うなんて、エクソシストである以上、到底不可能だ。


 だから、少しづつでいい。それでやっとここまで来たのだ。
 でも、やっぱりそういう顔をしていたのだろうか。
 神田の心が伝わらなくて淋しい。少しでも彼に接していたい。ラビの言葉に反論できないのも確かだ。  


 アレンが俯いていると、ラビはわしゃわしゃと彼の白髪を掻き回した。
「元気出すさ、アレン。こんな事でバカげた心配するのは割に合わないさ。
 わーった。俺がちゃんとユウに言っといてやる。ユウは大体勘違いしてるさ」
「勘違い?」
「結婚もしてないのに、アレンは武士の妻か何かと勘違いしてるさ」
「つっ、妻?」
 アレンは目をパチクリさせた。

 

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