「うちゃやとしずお あふたー」 1 (シズイザ)

 

「ははぁ、最近こっちに顔を見せないと思ったら、随分かわいらしくなっちまったな」

 四木は苦笑を浮かべながら、臨也を見つめた。
 応接室で向かい合って座っている相手は以前の新宿の情報屋とかけ離れていた。
 見た目は7、8歳の子供だ。黒尽くめのいつもの服だが、フードに猫耳がついてるのがいかにも子供らしい。
 一番違うのは少年の頭から伸びてる巨大な白い耳だった。どう見てもうさぎの耳だ。

『これ、本物か?』
 少年が折原臨也と名乗った時、本人確認より思わず優先して、耳をぺこぺこ弄ってしまった程だ。
『俺も、俺も』
 おかげで臨也は組員達からも、もみくちゃにされてしまった。
 強面のヤクザでも
『お、男がかわいいものが好きじゃいけないのか?』
 と常日頃、世間に問いかけたいと思っていたのだ。
 上の人が触ってるんだから、自分達だってやってみたい。

「みんな、これやるんですよね」
 臨也は少し膨れっ面で乱れた髪や服を直しながらぼやいた。耳が神経質にぴくんと動く。
「で、何故そんなナリに?」
「まぁ、色々ありましてね」

 臨也は苦笑した。人に恨まれ、疎まれるのは情報屋の常だ。
 だが、まさか未来の自分から殺意を持たれ、ショタうさぎになる呪いをかけられるとは思わなかった。
 しかも一方的にデータをダウンロードさせてくるのだから性質が悪い。
 これも一種のサイバーテロだ。今のところ、臨也には元に戻れる方法がない。

「それで、今は天敵と暮らしてる訳か」

 しばらくぶりの対面のくせに四木はサラリと臨也の近況を口にした。
 どうせバレてると思ってたので、臨也は驚かない。

「俺がこんな姿になった原因はシズちゃんですからね。責任は取ってもらわないと。
 それに猛獣の巣穴にいた方が、俺の身も安全でしょ?」
「それで、こっちはご無沙汰か?
 てっきり俗世の幸福に溺れて、こちらの事は忘れちまったかと思ったぜ」

 四木の口調は穏やかだったが、チクリチクリと棘がある。
 確かにこの体での生活に馴染む為、少しかかった。
 だが、同時に静雄との生活が想像以上に心地よかったのだ。
 ほんのしばらくだけ、本当に忘れそうになった。
 でも、足抜けできるとも、したいとも思ってはいない。
 静雄との時間は「うさぎ」でいる間だけ。
 その間だけの夢だ。

「まさか。だから、おまけも含めて面白い情報を持ってきてるでしょ?
 ご無沙汰のお詫びも込めて。
 この姿でも俺の仕事に影響はないと解ってもらいたくてね、四木さん」
「ま、そいつを疑ってやしねぇが」

 四木は臨也が持参した封筒をチラリと見た。
 忌々しい程、現在の粟楠会にとって有益なものばかりだ。
 この若僧は末恐ろしいほど有能で抜け目がない。だからこそ飼っている。

(だが、それもまたネックだ)
「俺んとこに逃げ込む手もあったんじゃねぇのか?」

 静雄は堅気だ。
 ただの堅気で、臨也のヒモや情夫というだけなら問題ない。
 人の色恋沙汰まで口を出すのは野暮だ。
 だが、静雄は池袋最強の喧嘩人形なのだ。
 臨也と静雄が喧嘩してるならまだいい。
 手を結ぶのが危険なのだ。臨也は池袋最強の武器を手に入れた事になる。

 無論、楯突くなら徹底的に潰すといういつもの方針に代わりはない。
 だが、この二人を潰した所で損害ばかりで得るものは一つもない。
 しかも粟楠会全勢力と天秤にかけて決断しなければならない羽目になるだろう。それが忌々しい。
 たかが、二人の人間相手に。

 先日、ネブラ研究所が倒壊したのはガス爆発という届けで収まっているが、この二人の仕業だと裏の筋から四木に伝わっている。
 だから、今まで通り、臨也は四木の手の内でいてくれた方が四木にとっては都合がいい。
 と同時に臨也と四木は知らぬ仲ではなかった。自分でなく静雄に頼ったのが、少々面白くない。

(この野良猫を手懐けたつもりだったが、まさかこう来るとはね)

 本気で永遠に臨也を意のままに出来るとは思ってはいない。
 ただ、闇が光を浴びる場が出来たのが少し妬ましいのだろう。

「四木さんに借りを作ると、後がおっかないですから」
 臨也は肩をすくめて笑った。
「違いねぇ」
 四木は臨也を値踏みするように指を組んで見つめる。

「だが、ちょっと意外だったね。
 お前は聴衆好きだが、誰かを懐に入れるのは無理だと踏んでたんだが」
「勘違いしないで下さい。今は不可抗力です。このザマじゃね。
 俺があんな化物をまともに相手してる訳ないでしょ。
 ただのお遊びですよ。少しの間のね」

 四木は嗤った。
「ま、そういう事にしとくか」

 振り返って、部下に合図する。
 部下は隣の部屋から長方形の白いスチロールの箱を持ってきて、テーブルに置いた。
 かなり大きい。
 四木はニッコリ笑った。

「ま、これは俺からの祝いだ。お前にも春が来たって事でな」
 臨也はいぶかしげに四木を見た。二人の交際を四木が喜ぶとは思えない。
「開けても?」
「どうぞ」

(…!!)

 臨也は驚いた。耳がぴんと立つ。
 中は立派なタラバガニ一匹だった。
 相当大きい。小さな臨也が抱えるとよろけそうだ。

「赤林が他に卸す奴を回してもらった。
 奮発したぜ。祝儀はハデな方がいい」
「…意外ですね。別れろと警告されると思ってたんですが」

 臨也はカニの見事さに目を丸くしながら呟いた。
 臨也もうまいものには糸目をつけないが、一人暮らしだったから、ここまで大きなものは買った事がない。

「お前がいい子でいる限りは、俺もとやかく言わないさ。
 さ、受け取ってくれ」
「じゃ、喜んで戴きます」

(シズちゃん、驚くかな?)

 自然と顔がほころんだ。
 根っから庶民の静雄はタラバガニを天上人の食べ物だと思い込んでいる。
 冷凍の足を一本食べるだけで、とんでもない贅沢なのだ。
 タラバガニを一匹「おごって」やったら、当分臨也の為に奴隷のように尽くしてくれるに違いない。

(何してもらおっかなぁ。
 髪洗うのもお風呂の後、拭いてもらうのも、もうしてもらってるしな。
 靴履かせるとか服着せてもらうのもしてるし。
 ま、いいや。じっくり考えよう)

 臨也は白い箱を持ち上げようとした。
 やはりデカイ。どう抱こうとしても前が見えない。

「ん〜、すいませんが、下まで運ぶの手伝ってくれませんか?
 タクシーでも拾うんで」

 だが、四木はにべもなかった。
「そりゃダメだ。こちらも面子がある。
 情報屋風情に荷物運びをさせる気か?自力で運びな」
「え?」
「まさか、俺からの祝い、受け取らねぇなんて言わねぇだろ、臨也?」

 四木はニヤニヤ笑っている。

「ま、そのナリじゃかわいそうだ。お前ら、運ぶの手伝ってやれ」
 臨也はあっという間に男達に押さえつけられた。

(ああ、やっぱりな)
 臨也は思った。
 四木が素直に祝福なんかしてくれる筈がない。
 箱からカニが取り出された。背中に押し付けられる。
 ズッシリ重い。しかも冷蔵ものの生は凄く冷たい。

「わぁっ!」
 思わず声が上がる。

(ああ…さすがにこんなカニプレイはちょっと…)

 などと考えていたら、いつの間にかカニをたすき掛けで背負わされていた。
 部下は臨也の両脇を持ってヒョイと立たせてくれる。

「あの〜」
「ん〜、やっぱり元がかわいいと何をさせてもかわいいね〜」

 四木はご満悦だ。
 が、臨也は鏡に映った己を見て顔を顰めた。
 まるで巨大なエイリアンに背中から襲われたうさぎだ。
 しかも重くて紐が肩に食い込むし、足を踏ん張っていないとひっくり返りそうになる。

「はい、そのままじっとしてろ。記念に写メ撮るから」

 遠慮なくバシバシ撮られた。
 全裸を撮られるより情けない。もうどうとでもなれと天を仰ぐ。

「さぁ、いいぜ。背負ったなら下まで自力で降りられるだろ。
 カニの足がドアに引っかからないよう気をつけろ。
 まぁ、かわいそうだから迎えは用意しておいた」
「はぁ」
「お前の友達の門田って言ったっけ。
 ここ来たら面白いもん見れるからって言ったら、狩沢とか言う女が携帯に出てよ。
 喜んで伺いますとさ」

(ギエエエエエッ!)

 悲鳴が出掛かるのを懸命にこらえた。
 遠慮のないおたく程、今の臨也にとって恐ろしい相手はいない。
 この姿でバンに投げ込まれた日には狩沢と遊馬崎から 「遊星からの物体Xだ!」だの
 「いやいや、月からの使者よ!」と解体せんばかりに撫で繰り回されるに決まってる。
 家に辿り着いた時、背負っていたのはカニの甲羅だけという事になりかねない。
 臨也は泣きたくなった。
 もう祝われてんだか、いじめられてんだか解らない。

「これって…嫌がらせですか?」

 ほんの一瞬でもカニをもらって感謝した事を心の底から後悔する。
「俺からの祝いに決まってるだろうが。幸せになっ!」
 四木は震えるように恐ろしい笑みを浮かべて、臨也にバイバイと手を振った。



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