「気づかないと気づけない恋だから」

 

「神田って、こうして見ると結構傷があるんですね」
 アレンは神田の背中を洗いながら呟いた。今まで暗い所でしか抱き合った事がなかったので気付かなかったが、古傷があちこちにある。五ヶ月の重傷を回復させる教団の技術は凄いと思うが、昔の傷まで肌から一掃する事は出来ないのだろう。
 ふとアレンは不安になった。そんな強靱な回復力を肉体に強いて、反動はないのだろうか。副作用は?
 だけど、それは聞けなかった。今はまだ。
 振り払う為に神田の背中を丁寧に擦った。
「思い出します。よく師匠の背中も流しました。ちょっとでも泡が残ってると大変で。でも、それも修行の内だからって」
「ふ〜ん」
 神田の声が冷え冷えとしてきたので、アレンは慌ててフォローに走った。
「あっ、でもちゃんと僕は服着てたんですよ? 脱いでませんから」
 アレンは笑った。少しでも粗相があれば、バスタブに服ごと引きずり込まれて泡だらけにされた上、他にも色々された事は言わない方がいいだろう。
「お前も洗ってやる」
 洗い流した後、神田は石鹸をタオルに擦り付けた。
「え? いや、僕、さっき洗ったし」
「いいだろ、洗わせろ」
 神田の座った目つきにアレンは渋々背を向ける。
「ラビの背中も洗ってやったのか?」
「いいえ、別に………ひゃっ!」
 アレンは飛び上がった。背中に押しつけられたタオルが水で冷たかったからだ。
「何するんですか、神田はっ!」
「俺の前で他の男の話をするからだ」
「他の男って…僕の師匠じゃないですか」
「元帥の噂は有名だからな……ほら、向こう向け」
 神田はタオルに湯をかけながら、冷たく言った。
「はぁ〜」
 アレンは諦めて、もう一度椅子に座り直した。師匠との関係は複雑すぎて、うまく説明できる自信がない。
 師匠は決して優しくなかった。自分勝手で、ひどい目にもあったし、性格が掴めない所もあった。だが、マナの死後、アレンには確かに彼が必要だったのだ。彼の激しさが、力強い抱擁が。あれが師匠なりの愛し方だったのだ。彼がアレンを再生してくれなかったら、今でも立ち直れていないだろう。

(…あ)

 神田の手が触れてきた。タオル越しに彼の指先を感じる。剣を握る者の少し節くれ立った指だ。バイオリンを奏でるマナとも、煙草を吸う師匠の大人の指とも全然違う。皮膚が少し硬いが、しなやかな指遣いだった。指先に神経が集中している所だけが、三者共通 している。
 それがアレンの背に触れた。
「泡がここに溜まっちまうな」
 神田は左手から背中に延びている溝に触れた。寄生とはよく言ったものだ。深紅の武器部分と肌の境目がはっきりしている。まるで一端断ち切った後、異形の腕を後から移植したように見えた。アレンの皮膚がきめ細やかで白いだけに、その浸食が痛々しい。
「くすぐったいですよ、神田」
「じっとしてろ」
 神田の息がうなじにかかる。と、思った瞬間、指が足の間に入り込んできた。内股を撫で上げられた後、やんわりと握られる。
「ちょっ…」
 抗議する間もなく、唇を塞がれた。開いた唇から舌がすぐ入り込んでくる。唇を嘗め上げられ、じっくりと舌を柔らかく吸いながら、アレンの歯列をなぞった。
「…んふ…」
 腰に添えられた手が優しく、だが、くっきりと印象づけるように扱かれた。お湯で濡れていたそれに別 のぬめりが混じる。
「…う…あ」
 唇が離れた。お互い荒い息を吐く。神田はアレンのうなじに唇を寄せた。ビクリと身体が震える。左手がアレンの脇腹をくすぐり、胸元を辿った。小さな赤い突起を探り当て、キュッと軽く捻る。
「……あ…っ」
 身体が強ばった。神田の掌の中にあるものがグンと重量を増す。水音が粘液質に変わった。クチュクチュとはっきりした音を立てる。

「…んんっ、や、だ。神田っ……もっ」
「反応…早いじゃないか、お前」

 お互い興奮して呂律が回らない。ハァハァと熱い息が耳をくすぐる。重なった心臓の音が高い。露天で洗い場は寒い筈なのに、寄り添った皮膚だけがひどく熱い。熱くて、苦しくて、それをどうにかしないと動けない。
「洗う…って、言ったじゃないですか」
「洗ってるだ、ろ。お前の大事な所。風呂入る前によく洗えって、言われ…なかった、か?」
「それは…あ…あっ…はぁ…」
 アレンは神田の腕に爪を立てた。石鹸で滑る。神田の手が石鹸を掴み、いっそうアレンを撫で回した。アレンはそれを追いかけながら、神田の身体に塗りつける。

(……うわ、スゴ…ヌルヌル…あなたも…僕も)

 指が滑って掴めない事がもどかしい。それが一層お互いの快楽を助長する。

「あ…は……っ、ふ……神田っ、神田ぁ…」
 グチュグチュとはっきり腰の間で音が響いてくる。それが耳について、恥ずかしくて、神田の腕がヌルヌルして、苛立って、もっとはっきりとした刺激が欲しくて、アレンは一層声を上げる。そのたびに神田の唇に塞がれる。吐息まで吸い取られる。舌が相手を追いかける。絡み合って、唾液が喉を伝って、喉元から胸に流れ落ちる。


「モヤシ……」
「やだ…名前、呼んで…僕の名前を呼んで…」


 指がコリコリと突起を擦っている。神田の唇がアレンの頬を、耳たぶを、喉を伝い、また唇に帰ってくる。アレンはたまらずに首を振った。だが、神田は許さずにアレンを拘束する。
「……あ…は…っ、っや」
 神田はアレンを抱き上げようとしたが、快楽に身体が萎えて、お互い力が入らない。神田はアレンの腕を掴むと、引きずるようにして岩風呂に投げ込んだ。

「あ……熱っ!」
 アレンは湯から顔を上げた。湯元で温度が高いのだろう。肌がピリピリする。
「もう…何する…」
 上げた顔を指で掴まれた。激しく舌が絡み合う。湯の中では体勢が悪くて起き上がろうとするのを、抱き締められた。
「……ふ…」
「………っう」
 神田の指がアレンの先端を擦った。アレンの身体が跳ね上がる。
「……んぁっ……ああっ!」
 湯と刺激で敏感になりすぎた毛穴がビリビリと痛い。それすら、脳の快楽中枢を刺激する。ぬ めりの取れた指がようやく神田の腕を掴んだ。痛い程爪を立てる。


「んん……あん……あぁ…」
「苦しいか、モヤシ…、もっと、狂う程俺を欲しがれよ。俺を一杯入れたいんじゃないのか?」
「……んぁ……ぁ」

 アレンはガクガクと首を縦に振った。目眩がする。湯の温度で一層鼓動が高まる。欲望を吐き出したくて、気が変になりそうだ。

次へ  裏トップへ

55 STREET / 0574 W.S.R / STRAWBERRY7 / アレコレネット / モノショップ / ミツケルドット