「キウイ」


 ユウは大抵機嫌が悪い。
 むしろいい時なんかあるのか? と訊かれると返答に困るが良い時だってない事もないのだ。
 長年一緒につき合わないと見えないし、見せてくれない。
 だけど、たまに『甘えて』みせてくれた時なんか至福を感じる。
 これがユウとのつき合いの醍醐味だ。
 選ばれた人間としかないから、特にそう思う。
 とはいえ、このとびきり気難しい黒猫は滅多にそんな隙を見せてはくれないが。 今日だって、そりゃもう必死で帰ってきたのにユウの奴、いつになくご機嫌斜めだった。

 
 ユウに近づくにはコツがいる。
 正面突破はダメ。真後ろもダメ。ちょいななめ二時の角度から、俺の姿がユウのセンサーにちょっと引っかかるようにしてヒョイと近づく。
 たまーに刺激が欲しくて、ビックリさせる事もあるけど、そうなると全身の毛を逆立ててフーフー言って怒る。ゴルゴ13みたく『俺の背後に立つな!』って奴? そう言い立てるのは自分が危険と感じるより、隙を見せたって事が許せないんだろうな。そういう点が『バッカでー』とか『かっわいいー』とか思っちゃうんだけど、なだめるのが大変なので、滅多にやらない。
 ま、俺に背後を突かせてくれるのは、ホントは俺に気を許してる証拠なんだよね。(勿論、俺がはしっこい事もあるけど)
 これをファインダーとかがやったら、一刀両断されて大惨事だよ。ユウとつき合うのは結構命がけです。ハイ。


 だから、今日の再会もホント超久しぶりで刺激云々より、もう会いたさ見たさにすっ飛んでいったのに、俺の顔を見るなりバターンとドアを鼻先で締めやがった。
 超キツイ。

「何するさー、ユウ! せっかくの再会なのにー! ギュウさせてよー! ハグハグしたいさー!」
 機嫌最悪なのは解ってるので、もう正攻法で突撃する。
「うるせー! お前の面なんか見たくもねー! ばかうさぎ!」
「そんな事言ってー! ユウだって俺に会えて嬉しいっしょー? 何怒ってんのー? 謝るから許して欲しいさ」
「理由も聞かずに謝るのか、手前!? サイテーだ!」
「じゃ、何? ちゃんと言ってくんなきゃ解らないさ」
「自分で考えろ、ボケ!」
「んな事言われても…今までの悪い事は全部出かける前に精算したさ〜?」
「解んねーなら知らん!」
「解んねーから教えて!」
「死にやがれ! 失せやがれ!」

 それきりどうなだめてもダメ。半径50m以内に全然入れてくれない。それ以上近づこうとすると、マジで抜刀しようとするのでファインダー達から泣いて止められた。丈夫な団服を着てる俺はともかく、ふつーの人間はやっぱ死ぬ からね。教団の壁に大穴開くと困るし。


「もう参るさ、コムイー。ユウも俺もちょっとしか一緒にいられないのに、こんな不毛なケンカしてる暇ねぇさ」
 俺は茶を飲みながら、コムイに愚痴垂れた。ここはうまい中国茶があるし、リナリーがさんざしの実の砂糖漬けや干したかぼちゃの種とか、気の利いた茶請けを出してくれる。疲れた頭を整理するにはちょうどいい。
「ホントに原因、解らない?」
「解んねーなら困ってるさ」
「簡単よね、兄さん」
 リナリーはクスクス笑った。頭抱えていた俺は慌てて顔を上げる。
「リナリーには解るんさ?」
「ホントに解らない、ラビ?」
 コムイも笑っている。
「何さ、焦らしてないで教えてよ」
「君の誕生日」
 コムイは茶碗片手に肩をすくめる。俺は一瞬、虚を突かれてまばたきした。

「えっ? でも? そんな…とっくに過ぎてるじゃん」
「君にとってはとっくでも、そんなに重要な日じゃなかったかも知れないけど、君を大事に思う人間にとってはそうじゃなかったと思うよ。
 勿論、彼は君の為にパーティを開くとか、凄いプレゼントを用意してソワソワ一日中待つタイプじゃないけどね」
「それにラビったら、任務完了まで連絡くれないんだもん。こっちもヤキモキするわよ」
「だって、ムチャキツイ任務をくれたのはコムイだぜ?」
 俺は眉を顰めて抗議した。
「俺だって誕生日前にすませたかったさ。でも、あんな絶海の孤島じゃゴーレムも圏外だし、あの日も戦闘やなにやらでそれどこじゃなかったしさー」
「じゃ、兄さんのせいじゃない」
 愛するリナリーにギッと睨まれて、コムイは慌てた。
「僕もそんなキツイ任務になるとは思わなかったんだよね。ま、不測の事態はいつでも起こるからさー」
「……………」
「……………」
 コムイはエヘラとかわそうとしたが、俺達の非難の目からは逃れられない。

「じゃ、お詫びの代わりに、これあげる」
 コムイは果物籠から、キウイを俺に放った。
「何さ、これ」
「だから、キウイ」
「キウイくらい知ってるさ。子供じゃあるまいし、これで誤魔化そうったって…」
「いや、だからね」
 コムイは俺にそっと耳打ちする。俺はコムイを見返した。
「えー、でもさー…」
「神田君には僕の実験にたびたびつき合ってもらってるからね。細工は流々」
「ホントー?」
 俺はしげしげとキウイを見つめた。コムイは笑う。

「ま、試してご覧。面白いものが見れるよ」

 

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