『解ります。でも…でも、彼らの魂に罪はありません』

 クロスは傍らのアレンを見下ろした。アレンはぐったりと眠っている。幼い身体に少し過酷過ぎたかも知れないが、この子供も望んだ事だ。
 額から赤いペンタクルが覗いている。意志を持たないレベル1の印。見るたびにムカツクそれが、さっきの議論を思い出させた。
 過去にアクマを視る事の出来た男との会話を。彼はその能力を呪いに変えて、愛息子に植えつけていった。マナに育てられたアレンが似たような考えを持つのは解る。

 マナはどうしてもクロスが動かせなかったただ一人の男だった。
  史上最低のシンクロ率を記録し、戦闘能力もクロスにすればお話にもならなかったが、それでも装備型で『最終解放』に至った希有のエクソシストだった。その破壊力は凄まじく、戦場を埋め尽くした3万体のアクマの魂は伯爵の制止にも関わらず、マナの演奏の終了と共に鎖から解き放たれ、天上へ駆け上った。クロスはそこにまさしく「神の御手」の跡を見て、敬虔さと同量 のやりきれなさを覚えたものである。
 
ヘブラスカが告げるシンクロ率と現実のシンクロ値上昇は必ずしも一致する訳ではなく、装備型でもその上昇率によって、寄生型以上の最強の力を引きだしうるというクロスの仮説を実証した形になったが、その事件は 結果的にマナと教団側の亀裂を明確にした。
 最終解放で一気に注目されたのが、時期的にも悪かったのだろう。その後も人だけでなく、アクマの救済も視野に置くマナの行動は、査問の対象となり、
視えるが故の異端さとイノセンスの喪失によって、教団を追われた。

 そのマナのイノセンスはアレンの左手に現れた。イノセンスの所有者は一度に一人だ。マナは狡猾だったから、相当長い期間、クロスの鋭い目からアレンの左手を隠し通 してきたが、バレた後もクロスは教団に報告しなかった。何故、そんな事が起こったのか、クロスも疑問だったからだ。
 神は偶然でこんな状況を用意したりしない。

 死の数ヶ月前、マナはクロスに言った。
『あの子もいずれエクソシストにされて、神と悪魔のゲームの盤上に登る。僕も君も最後までゲームから降りられなかった。僕らは単なる駒だ。君は教団に抗って飛び出し、僕は教団から追放された。それでも、使徒としての宿命は消えない。盤に登った駒に自由はないのさ。

 昨日、伯爵が来たよ。僕に特製の『アクマのボディ』を用意してるとさ。元エクソシストのアクマとはさぞ強力で、魔力の強い素晴らしい殺戮兵器になるだろう、とね。ディアボロス級の物かも知れないな。反逆ばかりしてる僕に似合いじゃないか?

『お前の岡目八目のおかげで随分儲けさせてもらったが、今度もドンピシャか。自分の賭け事はからっきしの癖に』
『皮肉るなよ、クロス。他に方法がないんだ』

 マナは軽く首を振った。
『僕はアレンの未来を知っている。だけど、人間のままでは死んだら終わりだ。イノセンスすらない僕が何をしてやれる。
 だけど、アクマになれば…出来る。道に背こうと、地獄に堕ちようと構わない。僕はディアボロスのように喜々としてアクマとしての運命を受け入れる。僕は知ってしまってるんだ。なのに、手をこまねいて、アレンを置いてただ死ぬ 事なんて出来ない。例え、アレンを苦しめる事になっても、アレンと共に生きる道を選ぶよ』
『もし、アレンが本当の事を知ったら、どんなに傷つくか解っていてもか』
『そうだよ』
 マナは苦々しげにクロスに向き直った。

『それがこれからあの子がエクソシストとして歩む道だ。
  僕がアクマになる事で、アレンの左手の『スイッチ』が入る。僕はその為に神に用意されたんだ。アレンが愛を知り、真のエクソシストになる為にね。手が込んだ事だ。僕とアレン、一つの魂を二つに分けて、二つのキーが揃わないと真の力を発揮しないイノセンスなんてさ。そこまでして隠さないとならないイノセンスの正体は解るだろう、クロス。
 だから、君を呼んだんだ。君なら見極めるまで教団にアレンを渡さないでくれるだろうから。
 ひょっとしたら、僕の足がアクマを封印する羽目になったのも、 アレンがその時期になるまで「発動」しないようにする為だったのかも知れない。視えるだけじゃとてもアクマを退け続けるなんて事できないからね。
 しかしなぁ、何で君しか僕には頼れる人間がいないんだろう。君にアレンを託すなんて考えるだけで身の毛がよだつよ』
『殺すぞ、手前!』
 クロスは怒鳴った。マナは動じない。ただ透き通るように笑っている。

『最初から俺の言う通りにしてれば、お前ももっと長生きできたんだよ。お前が一度でも俺の言う事を聞いたか? 全くお前は生まれながらの反逆者だよ』
『君にだけは言われたくないね』
『うるせぇ。あんなガキに手を出して、身体のバランスを勝手に崩したのは誰だ? 俺を振った報いだ』
『最初に僕を振ったのは君じゃないか』
『お前だよ』

 マナは笑った。その横顔にまだ死の影は伺えなかったが、クロスには見せたくなかったからだろう。マナはいつでも意地っ張りだったから。
『感謝してるんだよ、君には。ブックマンにも見放された命をここまで引き延ばしてくれたのは君のおかげだ。
  でも、僕はアレンを愛した事を後悔してないよ。神は僕を決して許してくれなかったが、でも、この出会いだけは感謝している。
 だから、僕はこのゲームを終わらせたい。二度とノアの洪水は起こさせない。リセットなんかさせたくない。アレンやコムイや君が守った世界を水に流してしまうなんて、そんな勝手は許せない』

 クロスは口を挟まなかった。マナに言われるまでもない。クロスがこのクソったれなエクソシストであり続ける理由。 信仰の至福を神の座に据えない理由。そして、マナの計画に荷担する気になった理由。 それはそこにも起因しているからだ。
 もっとも、クロスがエクソシストでいるのは、マナのように背くのではなく、神を見据える為だったが。

『伯爵から守りきった筈の世界を洪水で流してしまったのは誰だ。その上、イノセンスを世界中にばらまき、伯爵が立て直すだけの時間の猶予を与えたのは誰だ。これ見よがしなサイコロのように、キューブを僕達に放ってよこしたのは誰なんだ。
  この世界はゲーム盤じゃないんだ。神にも悪魔にも僕はいつだって背き続けてきた。最後の審判なんか怖くないよ。僕の刑はとっくの昔に確定している。
  その為なら僕は…やってみるつもりだ』
『……………呪いか』
 マナは頷いた。

『ああ。アクマに許された行動の自由は殺傷と呪怨だけだ。だから、僕は意志を強く持って、アレンに呪いを刻み込む。伯爵も気づきはしないだろう。アレンを聖だけの駒にはしない。僕は駒を取り替える。白と黒(聖と魔)どちらでもある万能のジョーカーに。
 灰色なら、壊せるんだ。このゲームを終わらせられる。
 神に疎まれ、アクマに憎まれてる僕なら微かに隙はあるかも知れない。僕はアレンの前のイノセンスの所有者だ。僕はまだこれを使えるんだよ。装備型だからこその特権だ。僕はバイオリン代わりにアレンを弾く。もっとも、アレンの意志が強ければ、とても無理だろうがね。

 チャンスはアレンが混乱して、集中力がない時か、アレンがいっそ失神してるか……手加減はしたいが、僕もアクマになった時のプログラムの強さがどれだけか知る由もない。アレンを傷つけたくないが、きっと悲惨な事になるだろうな。
 けど、君は手を出さないでくれ。ただ見届けてくれ。何が起こるか、神と悪魔の双方を欺き通 せるか。
 
僕は僕自身を破壊してしまうまで』
 クロスは眉を吊り上げた。
『自分を破壊、だと? お前がアレンに壊されるんじゃないのか? その為の発動だ。お前の本来の役割はその為だけだろうが』
『うん、きっとそれが成されれば、神の望み、そして、愛でしエクソシストが誕生する。
 でも、多分それは無理だ 』
 マナは苦く笑った。

次へ  前へ


マナとクロスはつるんでいると思います。
じゃないかなぁと思ってたんですが、クロスがアクマを改造できるという事実で確信しました。
それだけの事ができる人ならレベル1の呪いなんぞ、小指で消してしまえるでしょう。
例え、アレンが泣こうがわめこうが、アレンの為なら、マナの呪いですらクロスは消せると思います。

それを敢えて何故しなかったのか。呪いが進化する事は解りきっているのに、 それすらアレンに警告しなかったのは何故か。

クロスは見極めようとしているのだと思うのです。

連載は後1回かな?



 

 

55 STREET / 0574 W.S.R / STRAWBERRY7 / アレコレネット / モノショップ / ミツケルドット