アレンは凍った雪をザクザク言わせながら、道を急いでいた。
 そうはいってもまだ子供の足だ。マナは大股で歩きながら、余裕でその背を追う。

「芸人はお客様の前で素顔を出しちゃ駄目って、いつも言ってるだろ?」
「今は仕事中じゃないもん!」
「まだ怒ってるの?」
「……………」
「アレンは僕が女性と話すと、いっつも機嫌悪いね」
「だって!」
「だって?」
「……知らない!」

 アレンはザクザクと、また歩く。機嫌が悪くなるのは、別に女性に限った事ではない。男性だって同じだ。マナが誰かと笑ってると何となく閉め出されたようで面 白くない。
 旅ばかりで、行く先々で余り出会いもないまま、街を只通り過ぎるだけ。
 いつも世界で二人きり。
 それでも、淋しいと思った事はなかった。それより、その二人だけの世界に誰かが土足で踏み込んでくる方が総毛立つ程にイヤなのだ。
 昔のトラウマで人間不信なのか、子供の独占欲に過ぎないのか、それはアレンにも解らない。ただ、マナにはいつも自分だけを見つめてほしかった。

「アレン、急ぐと転ぶよ」
「……………」

 アレンはわざと返事をしなかった。 実際、もうそんなに怒ってる訳ではない。マナが誰よりもいつも自分だけを選んでくれる事が解っているからだ。でも、もう少し、何となく怒ってる所を見せつけたいだけなのかも知れない。

 アレンの目がふとショーウィンドゥに吸い寄せられた。蒸気機関車の巨大な模型。クリスマスはノアの箱船セットが定番のおもちゃだが、街の男の子達でこの模型に引き寄せられない子供はいなかった。アレンも同じだ。仕事の行き帰りにこれを見るのが、どんなに楽しみだったか知れない。

「ア〜レ〜ン」

 いきなり両脇からすっぽりコートで包み込まれた。見上げるとマナが笑って見下ろしている。
「怒りんぼ」
「違うもん」
「僕を24時間、寝ても覚めても独り占めしてる癖に、まだ足りないの?」
「……………でも、やだ」
 アレンは俯いて、ギュッとマナの長い足を抱く。その力にマナは目を細めた。
  自分の孤独もこの子の孤独もお互いでしか埋められない。知り合いも増えず、常に世界に二人だけ。何処までも旅の果 てに広がるは千年の孤独。そんな道を歩ませる事が切なかった。
  賢い子なのに、友人を欲しがらないのはやはりどこか変なのだ。外に目を向けなければいけない。常に何処か心細い瞳をした子供がマナに執着しすぎるのはよくない兆候なのだ。
  たくさんの国々を旅しながら、二人の生活はいつも二人だけで終わっている。何処にも広がりはない閉じた世界。だから、極めて安らかで歪なのだ。
 もし、自分がいなくなってしまったら、この子はどうなってしまうのだろう。
 でも、自分にはどうする事もかなわない。決断にも、まだ踏み切れない。解っていながら、手放せないまま、この子を連れ歩いている。
 閉じた世界を壊したくないのは、マナも同じなのだから。
 マナはギュッと背後からアレンを抱き締めた。

「まぁ、僕は貧乏だからこれ以上、何もあげられないけどね。ずっと一緒にいるよ。僕が生きてる間ずっと。
  例え、死んだって僕はどんな姿になっても、ずっと側にいる。それだけは誓うよ、アレン」

(君はまだ解らないかも知れないけれど、僕を救ってくれたのだから)

 アレンはマナを見上げた。その目の色は和らいでいたが、真剣だった。
「ずっと?」
「そう、ずっと」
「約束守る? 死んでも守れる?」
「死んでも守るよ。神かけて……いや、君自身に」
「……うん」

 アレンはやっと指の力を緩めた。顔にいつもの笑みが戻る。ホッとしてマナは模型を見る。アレンも釣られて見た。
「これ、欲しい?」
「ううん、いらない」
「どうして?」
「荷物になるもん」
「そうだなぁ。でも、欲しかったんじゃないの?」
「いい、これがいい」
 アレンはまたマナの足を抱き締める。マナは笑った。
「これ、とはひどいなぁ。じゃ、機関車並に働けるって所、アレンに見せなくちゃな」
 マナはアレンの前に座った。
「背中に乗って」
 アレンは少し目を見張った。マナは両手が荷物で塞がっている。アレンだってそうだ。それにアレンも随分大きくなったのだ。もうおんぶしてもらう年ではない。
「大丈夫?」
「見くびられたもんだな、アレン。僕の毎日の曲芸を忘れたかい? 海の男が何人かかったってビクともしないよ」
 アレンは思わず笑った。マナがあの男達を少しも恐れていない事くらいアレンには解っていた。でも、滞在する土地で面 倒事を起こさないのは旅人の鉄則だ。アレンは子供だから、まだそれが出来ない時がある。ケンカもすれば、意地も張る。それをたしなめ、叱り、そして許してくれるマナが好きだった。心から崇拝し、愛していた。その背中に身を託す。その広さが、筋肉の感触が心地よかった。
「走るからね。しっかり掴まってるんだよ」
 マナはアレンをおんぶしたまま雪道を不思議なほど軽やかに走り出した。
  早い、早い。冷たい風が頬を刺す。アレンは思わず歓声を上げた。まるで橇のようだ。
 ミサに向かう老婆が、大の大人がこんな夜中に不謹慎なという顔で睨んだが、マナは平気だった。
 どうせ許してくれるだろう。
 クリスマスは寛容の精神だと神様も謳ってるんだから。


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