「ベリーベリーストロベリー」4

 

「あのよ、お前、いつからしえみと友達なんだ?」

 燐が試験管を傾けながら、ボソッと言った。

「え?だから、僕はおつかいであの店によく行ったから。この学園に着てすぐかな?」
「ふ〜ん。お前、あんな感じがいいの?かわいいもんな」
「何? 兄さん、しえみさんが気になるんだ」
「バッ、バッカ言え〜。お前、ちっとも好きなタイプを白状しないからよ。
 彼女がいるならいると言えばいいのにぃ」

 燐は笑いながら肘で雪男をつつく。雪男は溜息をついた。

「また勝手に思い込みする。何か誤解してない?」
「してねぇよ。だって、見たら解るだろ。お前ら、凄い仲よさそうでさぁ。
 兄ちゃんはいつでも応援するぞ!」

 燐は少し引き攣った顔で笑う。燐は肩を竦めた。

「変に気を回さないでいいよ。ほら、手を止めないで」
「またまた!照れんなよ。しえみ、健気っぽくていいよな」
「違うって。まぁ、仲がいいのは確かだけど。
 あの頃、ここで僕と同じ歳は彼女だけだったから」
「え、ホントに仲いいんだ」

 燐は目に見えてシュンとなった。雪男は苦笑する。

「彼女、引っ込み思案だろ?学校にも行けなくて。
 でも、僕とだけは気楽に話せた。僕をずっと女の子だと思い込んでたんだ。
 だって、僕、メイド服着てたから」
「あ! だから、雪ちゃんか…」

 燐はハッとする。そういえばそうだった。
 でなければ、あの内気な少女が雪男を親しげにあだ名で呼ぶと思えない。

「正式に祓魔師になって、制服で店に行った時、彼女に本当に驚かれたよ。
 僕はずっと男だとバレてると思ってたからね。
 彼女が僕を男性だと、妙に意識してるように見えるのはそのせいじゃないかな?」
「そっ、そっかー」

 燐は胸を撫で下ろした。

(あれ、俺、何でこんなに安心してんだろう。
 しえみが雪男を女だと思ってたからか? それとも、雪男に彼女いないからなのか?)

「しかし、お前を女だと思い込むなんて、しえみも目が悪いよなぁ」
「女装してる兄さんに言われたくないね」
「くっ…お前だってなぁ!」

 女装してたじゃんと続けようとして、燐は口ごもった。
 アルバムの中の雪男は本当にかわいかった。
 燐に言えない秘密を胸一杯抱えて優等生に振舞っていた弟が、この学園では別人のように笑っていた。
 それは『奥村雪男』でいなくてもよかったからではないのか?
 メイドという別の人物になって解き放たれて自由だったから。
 しえみが呼ぶ「雪ちゃん」という燐の知らない少女になって。

(俺はそんな重荷をお前に背負わせてたのか?)
 燐はギュッとエプロンを掴む。

「か、かわいかったよ」
「はぁ?」
「さすが俺の弟だ…っていうか。似あい過ぎだろ、お前…」
「…いや、褒められても困るんだけど」

 雪男は困ったように、でも笑った。燐は小さく呟く。

「俺と暮らすのしんどかったか?」
「え?」

 意外な言葉に驚いて、雪男は燐を見返す。

「いや、メイドのお前、凄いいい顔で笑ってるからよ。しえみとか友達もいてさ。
 中学じゃ、俺のせいで肩身が狭い思いばっかさせてなかったかって。
 俺はいつもお前を巻き込んでばっかりだ。
 今も俺の監視なんかしてさ。
 イヤ…じゃねぇか?ホントなら学園で友達一杯作ってさ。お前はお前の生活を…」
「兄さん、唇に青海苔ついてるよ」
「え? ヤベッ…どこ?」

 燐が唇に手をやった瞬間、雪男はその手をバシッと払い落とした。
 指が唇に強く当たる。思わず燐は口を押さえた。

「痛っ!! なっ、何すんだ、雪男っ!」
「また変な事考える。家族だろ、僕達。
 兄さんといて迷惑と思った事なんか一度もない。
 兄さんの監視だって僕自身が望んだ事だ。嫌なら初めから断ってるよ」
「けどよ…俺の事、危険対象って言ったじゃねぇか」
「初めての授業で教室をボヤにしたら、誰だってそう思うだろ」
「ううっ! 俺だって、この炎さえコントロールできりゃ!」
「まずは我慢を覚える事からだね。お手やお座りや待てが出来るようにならないと」
「俺は犬か!」

 燐は吠える。雪男は微笑んだ。小さく付け加える。

「…似合ってるよ」
「え…」
「その服。そう言ったら怒る?さすが僕の双子の兄だって」

 燐は思わず照れて、頭を掻く。

「えっ?いや〜、それほどでもぉ」
「…後、すぐ調子に乗るその性格も何とかした方がいいよ」

 雪男は溜息をつく。燐は笑い、弟の顔をいきなり覗き込んだ。
 間近に燐の顔が迫り、雪男の胸がドキンと跳ねる。

「じゃ、さ。ときめいたりした?」
「え?」
「俺がこの格好で部屋に入ってきた時、何てかわいい子だろうとか、マジ好みとか思わなかった?」
「ま、また僕をからかおうとする!」
「いや、俺は雪男の写真見た時、マジでグラッとしたからさ。
 俺もそう思わせなかったらシャクじゃん」

(え…?)
 一瞬、雪男の手が止まった。

「今、何て…?」

 燐は片手でコキュコキュとフラスコを振っている。
 雪男はその化学反応を見て我に返った。
 あってはならない色と煙が出ている。思わず叫んだ。

「兄さん! それ、何混ぜたの!?」
(しまった! 僕も会話に釣られて)

 ちゃんと注意しているつもりだった。
 だが、兄の言葉に動揺して気を抜いた。何という失態だろう。

 最初に兄が入ってきた時、思わず見惚れたのだ。
 すぐ兄だと解ったけれど、それでも心臓が高鳴るのを感じた。
 本当にかわいいと思った。
 触れたくて、抱き締めたくて、そんな自分を抑えるのに必死だった。

(僕の好きなタイプは…)

 言える訳がない。誰にも。兄にもだって。

「え? あ…えっと…」

 燐も思い切りうろたえた。
 弟の役に立つと決めたのに一体何をやってるんだろう。
 妙に意識してジタバタして。挙句の果てはいつもこうだ。

「ど、どうすりゃ…」
「中和するから、それを貸して」

 燐は慌てた。そのせいでほんの少し力が入り過ぎたのだ。
 だが、ガラスのフラスコには致命的な圧力だった。
 パキーン…と澄んだ音が響き、液体が床に滴り落ちる。
 淡い桃色の煙が部屋一杯に充満した。


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これ書いた時点で、アニメ3話と原作1巻までだったので、一杯誤解があります。
しえみと雪男の出会いなど特に。すっ、すいませんっ!!

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