「必要ないだろ」


 アレンの目下の恋人はすげなくそう言って、赤毛うさぎを怒らせた。
 が、ラビはまともに神田に当たると、あっという間に論点が横滑りしてしまうので、それを顔に出すような事はしない。
「何でさぁ。コムイに伝えるなら、アレンにも出来るじゃん」
「立場が違う。急な移動も多い。極秘任務だってある。それくらい、あいつも解ってる筈だ。それとも、モヤシがお前に頼んだのか?」
「うんにゃ、俺のお節介」
「じゃ、放っておいてくれ。アレンに構うな、バカうさぎ」
「やだ、構う」
 神田がギロリと睨んだが、ラビは意にも介さない。
「だって、アレン、かわいそ〜なんだもん」
「あのな、仕事なんだ。可哀想だとか無理だとかは承知の上だろう。そんな子供みたいな事、俺に言われても困る」
「ふーん、だからかな、アレンがよく俺に手紙くれんの」
「……何?」
 神田の視線が怪訝なものに変わった。
「あれ、言わなかったっけ。俺、最近アレンと文通してんの。アレン、まめだからさ、長い手紙くれるんだよ。あれがどーしたとか、あの任務は大変だったとか。楽しかった事とか、辛かった事とか」
「……ホォ」
 神田の声が冷え冷えとしてきたが、ラビはニコニコしている。
「……俺の事もそれに書いてあったのか」
「さぁねぇ」
「さぁねぇじゃねぇだろ。だから、お前が俺に言いに来たんじゃねぇのか」
 ラビはプイとそっぽを向いた。
「言わないもん。プライベートだもん」
「ラビ」
「気になるなら、アレンと話せよ、もっと。俺に怒るのは筋違いさ。アホユウ」
「うるせぇな」
 神田は目を逸らした。
「じゃ、アレンが怪我したのも知らないんだ」
「何!?」
 神田は思わず立ち上がった。
「あいつが怪我したって、いつだ!? 一体何処で!?」
「…………」
 ラビは黙って神田を見返した。
「ひどいのか? 全く、あのバカ! この前の手紙には全然そんな事一言も! いつも無茶するから、だから、俺は……!」
「…………」
 ラビは何も言わない。ただやれやれというように彼を見返している。神田は口を開けたまま、赤くなった。ラビにからかわれた事に気づいたからだ。ドサリと腰を下ろす。
「…ったく、冗談よせよ、バカ」
「バカなのは、ユウの方さ。何もしないから騙されるんさ。そんなに好きな癖に何で自分を誤魔化すんだよ。
 言っとくけど、文通してんのもウ・ソ。しよーかなぁとは思ってるけどさ」
「勝手にしろ」
 臍を曲げて、神田は頭を掻きむしった。
「モヤシがお前と文通しようが、俺が妬くと思ってんなら大間違いだぜ、ラビ。
 俺の事が気になるなら、モヤシも誰かに聞けばいいんだ。…ったく、相変わらずトロ臭ぇ奴」
 ラビの頭に3本位、青筋が立ったが、髪の毛が多いので外見では解らない。


「それじゃ、ダメじゃん」


「何が」
「アレンからじゃ意味がないって言ってるんさ。ユウから直接の伝言じゃないとダメじゃん。我慢してるからこそ、ユウの心の籠もった言葉が欲しいんさ。それが解らんの?
 俺らの任務って呑気に帰りを待てるもんと違うだろ? アレンが心配するのも無理ないさ。特にユウは任務に出たら長丁場で滅多に帰ってこないじゃん」
「お互い覚悟はしてる筈だ」
 神田はそっぽを向いて、噴水に腰を下ろした。ドイツの町並みは絵のように美しく、彼の端正な姿は彫像のようだ。
 だが、それはラビの神経を苛立たせただけだった。
「だから、便りが欲しいんじゃん。会いたいって気持ちを何とか我慢出来るんさ。ユウはアレンに会いたくないん?」
「里心は敵だ。剣先が鈍る」
「へぇ、それ位で鈍るんさ。大した事ねぇな、ユウの精神力も。それで任務の間中、アレンを忘れて、放っておくのかよ」
 突然、振り仰ぎ、神田はラビを睨み付けた。
「俺が我慢してないとでも思ってるのか!?」
「思ってるさ」
 ラビは素っ気なく言った。
「ユウは痩せ我慢が気持ちいいかも知れないけど、アレンを同じにすんなよ。
 アレンはユウのペットじゃないぞ」
「ラビ!」
 思わず六幻の柄に手をかけたが、ラビは動かない。
「だって、そうじゃん。都合のいい時だけ撫でて可愛がって、都合が悪いと知らんふり。ユウのご都合が優先かい?
 それじゃ、アレンを愛してる事にならないさ。アレンが寂しがり屋なの、解ってるだろ? そのアレンがあんなに我慢してるんさ。手紙くらい、電話くらいいいじゃん。アレンを大事に思うなら、それ位 の気遣いが何で出来ないさ」
「…………」
「何とか言え、バカユウ。図星かよ?」
「……うっせぇ」
「蹴るぞ、こら」
「……違う」
 ホントに蹴る真似をしていたラビは片眉を上げた。
「何が?」
「手紙なんて書けるか」
「ラブレターは照れるから?」
「違う! バカ! そんなんじゃねぇ!」
「じゃ、何さ」
 神田は俯いて、右手を見下ろした。


「書こうとはしたんだ。俺だってモヤシに何か言いたい。もう1ヶ月も会ってないんだぞ!
 だけど、書こうとしたらモヤシの顔が、体が、あいつへの感情が頭の中一杯になって、もうそれだけで何も手につかない程グルグルになって、クラクラして、手が震えて、ペンなんか持ってられねぇ。
 顔が熱くなって、体が熱くなって、頬が火照って、目が泳いで、焦点が定まらねぇんだ。
 何でそんなになるか解らなくて、バカみたいで、抑えるのに必死なんだ。アイツの事、考えないようにしないと自分で自分に振り回されそうで怖いんだ。
 だから、書けない。電話なんかできない。あいつの声、聞いたら任務放り出して帰ってしまいそうで」


 神田は両手を握りしめたまま押し黙った。鳩達が彼らの回りで無邪気に餌をついばんでいる。子供達が触ろうとすると、パッと空高く散った。
 やがて、神田はようやく絞り出すように呟いた。
「昔、お前は俺が誰かを好きになるのが怖い、ダメになるって言ったよな。
 そうだ。俺は何かダメになってってるんだ。おかしいんだ。
 おかしいんだ!」
「…………」


 ラビは茫然として、神田を見つめた。
(…………重症)
 なのか、それとも、言葉の暗示に弱いのか。
「参ったな、マジ?」
 ラビは思わず笑い転げた。
「ひょっとしてアレンが初恋、青少年?」
「………コロスぞ、手前。んな訳ねぇだろう。……笑うなったら、バカうさぎ! だから、言いたくなかったんだよっ!」
「もうユウってば、ホントかわいいっ!」
「わっ、馬鹿野郎! 抱きつくな、ラビッ!」
 ラビにギュウッと抱き締められ、神田は暴れた。道行く人に笑われて、一層猫のように身をくねらせる。
「やめろ、バカ!本気でぶった斬るぞ!」
「もうユウたんはすぐ怒るんだからぁ」
 目が据わってきたのに気づいて、ラビは適度な所で身を放す。だが、今日は確かにいつもの神田ではなかった。自分の思いに戸惑うように、視線が揺れている。
「けど、こんなに自分の感情を抑えておけないと思った経験は初めてだ。変なんだ、俺」
 俯いている神田にラビは驚きを覚えた。どうやら神田は本気でアレンに参っているらしい。赤くなったり、俯いたり、あの神田とは思えない。こんなに神田が誰かを好きになるとは思ってもみなかった。表面 的には相変わらずとばかり思っていたのに。


(………羨ましいな)


 ラビは思った。あの白髪の少年はこんなに短期間で、誰にも出来なかった事をあっさりなし得てしまったのだ。
 ぎこちないままに、二人は並んで歩いていく。その後ろ姿を見るようで、ラビは振り切るように明るく笑った。
「いやぁ、よかった。よかった。ユウも普通の人で。俺、てっきりユウは体はともかく、心のちんちんは立たない人かと。今夜は赤飯だな!」
 ラビに思い切り肩をパンパン叩かれて、神田の額に青筋が浮かぶ。
「オロスぞ、こら!」
「いや、御免さ」
 六幻を白刃取りしながら、ラビは苦笑した。
「じゃ、文通が駄目なら、何か送ってみたら?」
「何かって、何を」
「だからさ、その任地の名産品とかさ。それ見たら、アレンもすぐ解るだろ? 誰だって、恋人からプレゼントが贈ってきたら嬉しいさ。特に無事と解ってればね。
 出来れば、カードも添えてって言いたいけど、純情可憐なユウたんにそこまで、俺、強制できないから」
「何が純情可憐だ!」
 口ではそう言うが、力を抜いた所を見ると少しは感じてくれたのだろう。これでよかったんだと思いながら、ほろ苦い想いで神田の横顔を見つめる。
 年相応の少年の顔をしていた。
 今までラビの知らない顔がそこにあった。


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