「『アレン』て言っても、そいつのホントの名前じゃない。
  あの街で本当の名前を名乗る奴なんて一人もいなかった。危険過ぎたんだ。砂漠に出来た蜃気楼みたいな場所だったさ。明日にはないかも知れない街。

 そいつは、穴蔵の住人の一人だった。客だか店員だか、よく正体の知れない奴。のっぽで黒髪で凄く感じのいい男だった。あの穴蔵の住人としちゃ珍しかったさ。俺の本探しをよく手伝ってくれたよ。一緒に飯もよく食ったさ。『アレン』の手作りのナンはうまかったからね。

 それで名前を聞かれたんさ。俺は困った。爺はともかく誰かに今まで名乗る必要がなかったからね。おれは『何でもいいよ』って言った。ブックマンだから、名前なんかどうだっていいって。あんただってそうだろうって。この街じゃそういうもんだろうって。

 俺もあんたも明日には、ここにいないかも知れないんだからって。
 そしたら、そいつは困ったように笑ったんだ」


『君はブックマンの後継者なんだろ。ブックマンは記録を大事にすると聞いたけど、自分はおろそかにするのかい?』
『違うさ。記録を公平に観る為には、自分を無私の立場にしなきゃならないからさ』
『なら、余計だ。名前は大事にした方がいい。君がブックマンとして生きるなら余計に』
『でも、俺は移動するたびに名前を変えなきゃいけないさ。いちいち、名前に拘ってたら動けなくなっちまう。
  あんただって、その名前ホントじゃないさ? なのに、どうして説教するさ』

『僕は人を捜してるんだよ。その人は『アレン』ていうんだ。僕が『アレン』て名乗ってたら、きっとその人は気がつくだろ? あれ、僕と同じ名前だって』
『変なの。アレンなんか世界中に一杯いるさ』
『そうだな。一杯いる。…でも、僕が探してるアレンは世界中に一人だけなんだ。僕はいつかその人に必ず出会う。解るんだ、それだけは。
 君も君だけの『アレン』に出会うかも知れない、いつかね』

『そうかな。でも、何か気色悪い』
『何で?』
『だって、会えると決まってるなら、あんたはあんたのままでいいんじゃねぇの? 同じ名前なんか付ける事ないさ』
『そうだね。ただ僕は『アレン』て、人の口からその名前の響きを聞きたかったのかも知れないな。

 君は記録を大事にする。もちろん、その記録には様々な名前が含まれるんだろ? 君はこれからその色んな人々と出会い、経験し、それを保存する。君の思い出を含めて』
『言っただろ。ブックマンは無私でなくちゃいけないって』

『この世に絶対の公平なんて存在しないよ。記録と保存だけが目的なら、ブックマンが『人』である理由は要らない。ブックマンは『人』でなければならない。
 けど、人である以上、君は君だ。君の選択肢が歴史を変えるかも知れない。君との出会いが登場人物の行動を変えていくかも知れない。そして、君自身も。

 君は名前を変えるという。無私である為に。公平である為に。何にも囚われない為に。

 けれど、君と出会った人々には、君のその名前が全てだ。彼らの記憶に残るのは、その瞬間の君の名前だ。君の名を呼んで果 てる者もあるいは出てくるかも知れないな。

 だから、もし、誰かが思いの丈を込めて、君の名前を呼ぶならば、その存在を記録する事になるのなら、余計に君は自分の名前を粗末にしちゃいけない。彼らの想いも君は記録する事になるんだろう? 書き記すペン先に彼らの想いを紡ぐのだろう?

 だから、名前を大事にしなさい。
 この街で旅立っていく君に、いつかブックマンとなる君に、世界の始まりと終わりを記す事になる一族に、僕からはなむけの言葉だ』

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