「アニマルセラピー」 10
「あんた、いい奴だな」
阿幾は肩を竦めて苦笑した。
「それにバカでお人よしだ。
桐生の事だけ考えてりゃいいのによ。俺なんかにかまけるな」
「阿幾…」
「匡平の事を忘れる事なんか出来る訳ねぇだろう。あいつは俺の…」
阿幾は言ってから、片手で顔を押さえた。
苦しいほど胸が痛い。匡平は彼の全てだ。
だが、決して手が届かない。
細い吐息をついて夜景を見る。
キラキラ瞬いて美しい。
だが、物悲しかった。
あの中には沢山の家族がいる。
沢山の輪を作って、それが無数のともし火を作っている。
その一つは匡平達のものもあるだろう。
だが、阿幾はその輪には決して入れない。
自分の輪も作れない。
生きたまま死んでいるのと同じだ。
ずっとそうだった。
匡平といる時だけ小さな輪を点せたが、もうその温かさは何年も感じた事がない。
「寒い…」
ひどく寒かった。
思えば自分はずっとこの極寒の中を歩いてきた気がする。
だから、熱が欲しかった。
だが、小さい火すら望めない。
小さい熱すら望めないなら、自分で大きな火を投じ、自分を焼き尽くしてしまうしかない。
何も感じないよう終らせて欲しかった。
それが自分の行き着く果てなのだ。
けれど、やはり寒い。
凍てつくように痛い。
匡平に似た男にすら一時のぬくもりを求めようとした程、身も心も冷え切っている。
ふと湿った感触がした。
犬がクウ〜ンと悲しげに阿幾の頬に鼻を押し付けている。
犬を見返すと、ぺろりと頬を舐めた。ノォノと同じ目をしている。
「ノォノ…」
阿幾は思わず犬を抱き締めた。
温かいもの。無条件で愛してくれるもの。
そういう存在が心からいじらしく、愛おしかった。
犬はされるがままになっている。他の犬達も心配そうに阿幾に擦り寄った。
阿幾は目を瞑った。
飢えて凍えた魂に体温はひどく染みる。「優しいな。犬って何でこんなに優しいんだ?」
「神様だからさ」
匂司朗は呟いた。
「犬はDOG。ひっくり返すとGODだ。だから、犬は偉大なのさ」
「俺達の神様は破壊しか出来ねぇけどな」
「そりゃ、どんな心を入れるかによるだろ?」
阿幾は振り向く。
「あんたも詩緒みたいに玖吼理は善い神様って言うのかよ?」
「そんな天真爛漫にはなれねぇな。
けど、自分の護りてぇもんを護る為に案山子がいる。俺はそう思ってる」
「…護りてぇもん、か」
「お前にはあるのか、阿幾?
村を破壊したら、お前の護りたいものがそこにあるのか?」
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