「アニマルセラピー」 4
「おい、コンビニかファミレスじゃねぇのかよ?」
阿幾は驚いて、マンションを見上げた。
匂司朗は笑いながら、エレベーターのスイッチを押す。
「あんな所不経済だろう。腹ペコの隻相手じゃ特にな。
全く東京の物価にゃ目の玉飛び出たぜ。栄養の事もあるし、家メシが一番!」
阿幾は呆れた。
「あんた、結構家庭的だな」
「お前も結婚すりゃ解るよ。家計のやりくり大変なんだからな」
「日向から潤沢に経費もらってんじゃねぇの?」
「お社は村基準なんだよ。東京の物価を考慮しちゃくれねぇ」
「ハハ」
阿幾は思わず笑った。
「しかし、猟犬が獲物を露骨に家に招待するって一服盛る気じゃねぇだろうな」
「何も取って食いやしねぇよ。薬入れるならファミレスでだって出来る。
それに戦うにゃ、今日は色々疲れた」
「台風一過か。ご苦労さん」
匂司朗は軽く溜息をつく。
「大体、お前のせいなんだけどなぁ」
「そいつにメシ奢ろうっていうあんたが変なんだよ」
「まぁ、俺がヤクザなら容赦なくお前を捕まえてるだろうけどさ。
お前、病人みてぇな顔色してるぞ。立ってるのがやっとって感じでよ。
俺は弱ってる奴に付け込むのは嫌いでな。
その頭の包帯といい、只の飯抜きってんじゃねぇんだろ?」
「……ハッ」
阿幾は薄く笑っただけだった。
「下らん詮索はしねぇよ。
今日はボロボロになった奴を見過ぎちまってイヤになってるだけさ。
この上、お前が行き倒れてる姿なんか見たくねぇ。それだけだ」
二人はエレベーターから降りる。
「大したものは作れんが、何がいい?」
「カップラーメンあるか?」
久羽子は食事を全く作らない。コンビニ弁当ならマシな方だ。
枸雅の家では使用人同然の食生活だったし、座敷牢は犬飯だった。
だから、阿幾は食事に味覚を求めない。腹さえ膨れれば何でもよかった。
だが、東京で初めて食べたカップラーメンは衝撃だった。
この世にこんなうまいものがあったのかと思った。
楽でいいわねぇと久羽子に野次られながらも、最近少しハマッている。
匂司朗は怖い顔をして首を振った。
「ダメだ。ちゃんと食わねぇと。好きなもんはねぇのか?」
「………おはぎ」
「は?」
「いや、何でもない。俺は料理に詳しくないからな。あるもんで構わない」
「作り甲斐のねぇ野郎だ。何でもいいってのが一番困るんだよ」
「あんた、料理出来んの?」
「調理師免許は持ってるよ」
「はぁ? あんた、日向の次期お館だろ。何でそんなの取ったんだ」
匂司朗は頬を掻いた。
「匡平と同じさ。誰でも一度は村から出る事を考えるもんだ」
「具体的に自活できる方法を作る辺り、あんたは匡平より上だな」
「…出られなきゃ意味はねぇがな」
匂司朗は苦く笑って、705号室の鍵を開ける。
阿幾は怪訝な顔をした。エントランスのポストの表札と別室だ。
「あんた、703号室だろ。何で違う部屋なんだ?」
「よく見てんな。でも、俺が自室に招く訳ないだろ。お前が泊まるのはこっち」
匂司朗はドアを開ける。
阿幾は一瞬躊躇ったが、渋々玄関に入った。
暗密刀はいつでも出せるよう待機させてある。罠でも構わない。
が、部屋中に充満している激しい息遣いに阿幾は思わず身を強張らせた。
知っている匂いが鼻につく。
「お、おい…これは…」
「ほら、さっさと入れって」
「じょ、冗談っ!」
戸惑う間もなく、匂司朗が阿幾を前へ突き飛ばす。
闇の中に潜む影が一斉に阿幾へ躍り上がった。
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