「空気力学と少年の詩」 3

 

「…あん…っ、あ…大きいっ、凄いっ…ふ…ぁっ!!」

 阿幾の声が一際大きくなった。
 阿幾の喘ぎ声が響くたび、皮膚がチリチリして胸が掻き毟られるが、音を拾う事だけに専念する。
 何より辛いのは、阿幾が気持ちよさそうな事だった。
 我を忘れ、もっとと繰り返す阿幾の言葉が信じられない。
 阿幾は負けず嫌いで、自分から誘ってくる割に感じる姿を見せるのを嫌がった。
 だからこそ、匡平の愛撫に蕩けて、思わず零した声を聞くと背筋が震える。
 その声をもっと聞きたくて、阿幾の身体に深入りしていくのが匡平は好きだった。

 なのに、今は投げ売りのバーゲンセールのように、阿幾は嬌声を上げ続けている。
 匡平が阿幾と会うのを躊躇ってる隙に、彼らに調教されてしまったのだろうか。

(あいつらのがそんなにいいのかよ、阿幾!)

 自分だけに見せ、聞かせてくれたのではなかったのか。
 子供同士のつたない行為より、大人の薄汚い快楽に屈してしまったのか。それがひどく悔しかった。
 早く来なかった自分も悪いのだが、男達より阿幾に対して理不尽な怒りがこみ上げてくる。
 愛憎ない交ぜになったまま、匡平は携帯を押し付け続けた。

「う〜、若いって凄ぇな。絞り尽くされちまった…俺、もうダメだぁ」
「だらしねぇな、おい。けど、俺もそろそろ飽きたわ」

 男達がドッと笑った。それを機に阿幾を囲んでた輪は崩れたらしい。
 阿幾はもう限界なのか、声が聞こえなかった。
 一仕事終えたように男達の会話が増える。

「ちょっとヤリ過ぎだろ、ガキ相手に。こりゃ早く壊れそうだ」
「いいんだよ、自業自得さ。ザマーミロだ」
「むぅ、俺の当番は来週までだけど、それまでこいつ持てばいいな。やっぱ後味悪いし」
「バーカ。死んだら病死って事で処理しちまえばいいのさ。
 こいつは俺の叔父を殺したんだ。当然の報いだよ」
「そうそう。俺らみたいな下っ端が枸雅のクソ野郎どもに鬱憤晴らせる機会なんぞ、そうないんだから愉しめよ」
「お社の方々も粋な計らいをしてくれるってもんさ。
 元々、愛人の子だろ?枸雅も早く片付けてくれってのが本音じゃねぇか?」
「愛人か…道理でしゃぶるのが堂に入ってる訳だ。
 きっと輪姦されんのが好きなんだよ。エロい顔しやがって」
「女だったら言う事ないのによぉ。うちのカミさんよか綺麗な顔しやがって。男に目覚めそうで怖ぇぜ」

「バーカ、こんな上物は滅多にねぇよ。
 酒乱だった遠藤のオヤジを片付けるよかいいだろ? 拳も痛まねぇしな」
「そうそう。何せ、女と違って妊娠しねぇから中出しし放題だぜ?
 ま、女でも妊娠するヒマなんかないけどな」
「この牢に入れられる奴は皆の鬱憤の捌け口だからな。前に放り込まれた上北の嫁や下條の娘もな。
 村の安全弁なんだよ、ここは。
 こういうおいしい役得がなけりゃ、お社なんぞ勤めてられっか」
「まぁな。村の穢れを俺達が清めてやってんだ。何も悪い事はしてねぇよ。
 こいつも天国見ながら死ねるんだ。腹上死は殺人じゃねぇだろ?」

「ハハ、全くだ。何せ、最初にお清めやったの、枸雅のお館様だからな」
「うわ、自分の孫同然の相手によくやるぜ」
「入り婿の健市が外で作った子だから平気なんだろ。
 どうせ、あの連中は自分の子や孫って感覚なんかねぇのさ。
 隻でなけりゃまともに扱ってももらえねぇ」

「やだねぇ、子供を道具としか見れないってのは。
 そういや、日向の爺様がエラく阿幾にご執心らしいじゃねぇか。
 うちで引き取ってもいいって持ちかけたらしいぜ? 勿論、断ったけどな」
「マジかよ。あのジジイ、勃つんかい?」
「いやぁ、あの綾女が最初あんなに嫌がってたのに、今じゃ骨抜きって噂だぜ」
「おー、怖い怖い。妖怪だな。まさに灰になるまで」

 男達がドッと笑った。匡平はうんざりして録音を止める。

(腐ってやがる…っ!)

 何もかもだ。
 ここではお社公認で何の罪悪感もなく、人が始末されている。

 上北の嫁や下條の娘の事は、匡平もチラリと噂を聞いた事があった。
 わがままで家を省みない嫁。男出入りが絶えず、妊娠した不良娘。

 でも、本当のところはどうだったのだろう。お社が貼ったレッテルの下は?

 衰弱死。病死。
 彼女らの死は薄暗い灯りの下で密やかに囁かれる。

 村には常にはみ出し者、厄介者が一人か二人はいるものだ。
 彼らにはよくない噂が付きまとい、騒動が起き、そして村の裁きを受けて消えていく。
 途方もない闇の中に。

 彼らは本当に座敷牢に入れられる程の罪を犯したのか?
 彼らが殺されるような何をしたというのだろう。

 どんなに悲鳴を上げても哀願しても、決定は覆らない。
 耳を塞ぎ、共犯を繰り返す。
 しかもそれを愉しみさえしている。

 実行犯はあの男達だけではあるまい。
 恐らく、この村人全員が何らかの形で荷担しているのだろう。
 手を上げない者達にしても、孤立させる事にはやぶさかでない。
 明確な悪意はなくても、その棘は孤立した者の心身を少しづつ削っていく。
 それを誰も悪いとは思わない。

 村に溜まった鬱憤晴らしだけではない。己の保身の為だ。
 次の『厄介者』に選ばれない為に。

 
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