「空気力学と少年の詩」 4
匡平は俯いた。
(親父だって、お社にお勤めだと呼ばれて行く時がある。
枸雅の一員だから、俺は今まで何とも思わなかった。
でも、本当は…お勤めって何だったんだ?)
いつものように気鬱な顔でお社に向かった父。
それを淡々と送り出した母。
母にしても一度噂が立った人間を悪く言う事はないが、かといってかばったりもしない。
よく知らない人だからと、母は笑う。
知らないでいる事がこの村では正しいからだ。
例え、思う事があっても、胸に秘めて語らない。
靄子のように、この村で「中立」とはそういう意味なのだ。
(吐き気がする…っ)
お社嫌いの父が荷担したと思いたくはない。
だが、無抵抗主義の父が命令を拒絶するだろうか。
母が父を仕事に送り出す。おかえりなさいと迎え入れる。
何気ない家庭の風景がたまらなく汚らわしいものに思えてきた。
確かめた訳ではない。
でも、胸の軋みはひどくなるばかりだ。
『叔父のかたき』
男の一人はそう言っていた。
【隻が何をやっても無罪放免。文句は言えない】
村の不問律だ。
それでも、阿幾にはそれは適用されなかった。
引継ぎの儀を行わず、暗密刀を奪ったにせよ、積み上げた死体の山が高過ぎた。
遺族の不満は凄まじいだろう。
警察に引き渡さず、座敷牢に囲ったのは醜聞隠しの為だけではない。
(…けど)
匡平は拳を地面に叩きつけた。
阿幾は人殺しだ。
安全弁代わりにされた娘達とは罪の重さが違う。
遺族の怒りも解る。
匡平だってわだかまりは完全には拭えない。
(けど…こんな風に虫けらみたいに殺されるのはひどすぎる!)
阿幾を追い詰めたのは村だ。
安全弁の末路として、いつものコースが用意され、結末は別に用意されていたのだろう。
お社が篤史や千波野の動向に何の注意も払わなかったとも思えない。
篤史が出入りにうるさいお社の参拝所に阿幾を呼び出したのも変だ。
恐らく決まっていたのだ。
篤史は叱責を受けるだけで、千波野や阿幾は騒ぎの中心として座敷牢に囲う幕切れが。
だから、お社が騒ぎが起こった時、あんなに都合よく人々が集まってきたのだ。
だが、阿幾が暗密刀と継承の儀を行う事なしに感応した為、事態は激変した。
阿幾の感情が爆発した時、篤史だけでなく大勢の人々が居合わせてしまった事が最悪の事態を呼んだ。
そして、部外者だった匡平は訳の解ってないまま、その悪夢に踏み込んだのだ。
(阿幾…)
殴られるばかりだった阿幾は匡平をどう思ってただろうか。
この村の全てに対して激しく笑っていた阿幾は。
この世の悪意を一身に受けて、茶番を演じながら。
「痛…っ!」
手が妙に痛くて爪を見る。
砂が入って、血が滲んでいた。
怒りの余り、地面を激しく引っかいたらしい。
拳もだ。キレるとすぐこうなる。
(…あの時、先生を助けに行ったのが俺だったら…、どうなってたんだろうな、阿幾)
匡平は立ち上がった。
(村が何を決めようと、俺はお前を殺させない!)
匡平はゆっくりと壁から離れると、足音を忍ばせ、牢屋の出入り口に向かった。さぁ、神様ドォルズ始めちゃったよー。
直接的なシーンがない為、通常の方にアップしました(おい)
次は阿幾と匡平の再会なので、当然…。
うう、裏に上げるべきかなぁ。
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