「空気力学と少年の詩」 8

 

「大丈夫か、阿幾…?」
「…引いてんだろ、匡平。俺の…こんな姿見てさ」

 ひどい状態なのに、それでも阿幾は微かに嗤っていた。

「黙れ」
「それとも、勃った?自分もこんな事、俺にしたいって…」
「黙れって…っ!」

 怒鳴りかけた唇をいきなり塞がれた。
 逃げようとするが、舌が追ってくる。

「阿…っ、こんな事してる場合じゃ…っ!」

 慌ててもぎ放したが、再び口付けられた。執拗に絡められる。
 その甘さにいつしか匡平も抵抗するのを止めていた。
 夢中で角度を変えながら、お互いの口蓋を貪り合う。
 敏感な上蓋を嘗め、舌を吸い合った。

「ん…ふ…」

 が、自分の手が自然に阿幾のものをまさぐっているのに気づいて、慌てて手を離す。

「何だよ…止めんなよ」

 阿幾は熱っぽい目で首を傾げた。

「だ、駄目だ。こんな身体でこれ以上…」
「いいんだよ…放っとかれる方がおかしくなっちまう。やろうぜ」
「だって、阿幾、死んじまうぞ!」
「俺が死んで…誰が泣いてくれる?
 お前に殺されんなら…本望だよ」

 阿幾はうっとりと笑う。その笑みに惹き込まれそうになって、匡平は思わず目を逸らした。
 背筋がゾクリとする。
 恐怖と、そしてどうしようもない体の疼きに。

「そんな事言うな!…俺は…っ」
「そして、また逃げるのか?
 それで放っておくから…俺は奴等に殺されそうになってるんだぜ?」

 匡平の体が強張る。それを愉しげに見ながら、阿幾は続けた。

「それとも、俺の事なんざどうでもいいのかよ。
 ここで俺がお前の知らない間に朽ちてくれたら安心か?」
「違う!だから、お社からお前を守るって言ったろ?
 手立てはあるんだ。だから、今日はもう体を休めて…」
「俺に明日があんのか?バカバカしい。このザマの俺によく言えるよな、そんな事。
 やれよ。俺には今日しかねぇんだ。
 お前としたいんだよ。お前が欲しいんだ。やらないならさっさと帰れ!」
「阿幾! 違う!どうして解ってくれないんだ!
 俺だって…我慢してるんだ。
 どうしても我慢出来ないなら抜いてやる。だから、それ以上は…」

 匡平は苛立った。

 お社の件で信用したから入れてくれたと思っていた。
 ただ助けたいだけなのに。
 これ以上、傷つけたくないから、必死で自分の欲望を抑え込んでいる。
 だが、阿幾は嘲笑うだけだった。

「何が違う。中途半端に優しくしようとすんな。そんなのはお前の自己満足だろうが。
 いい加減素直になれよ。
 俺を見ろ。俺だけを。

 さっきから下らねぇ事考えながら、俺の体をジロジロ見てたじゃないか。
 悲しいフリしてても、しっかり反応してるの知ってるぜ。
 見てないようにしたって、見てんだろ。俺のココとか、ココとかさぁ。
 俺はお前のそういう二面性嫌いじゃねぇけど、イライラすんだよ。
 さっさとブチ込んで、必死に腰振ってくれりゃかわいいのに」
「阿幾…」

 匡平は唇を噛んで、阿幾を見下ろす。
 匡平の気持ちは虚飾ではない。嘘でもない。
 だが、阿幾はそれをいつも引き剥がそうとする。
 匡平の気づきたくない真実を突いてくる。
 反論したくて、匡平は必死に言葉を探した。

「お前だって奴等に輪姦されてんのに、いやらしい声上げてたじゃないか!
 俺がいたの知ってて!
 俺には…あんな声聞かせなかった癖に」
「ああ、だから、汚い俺の体なんか触れないと?」

 阿幾は何故か愉しげに笑った。

「そうじゃないけど…でも…いや…かも」
「匡平が嫉妬してくれるとは嬉しいね。演技した甲斐があったってもんだ」
「演技?」

 阿幾は肩を竦めた。
 軽く首を傾け、突然鼻にかかったような甘い声を上げる。

「ああっ…ああぅ、そこっ…そこぉ。もっと…もっとぉ…だめ…っ。
 は…ぁ、おっきぃ。おっきぃ、やぁぁぁぁあ……っ!」

 それは紛れもなく先ほどと同じよがり声だった。
 突然始まったように、突然終る。
 後は茫然とした匡平だけが残された。

「不感症の娼婦が客を喜ばせる為に、よくやる手だろうが。
 奴等はバカだから、俺が落ちた姿見せたら満足すんだよ。
 まともに相手してたらアホらしいだろ。抵抗して長引かせたくねぇしな。
 あんなブタ共に簡単に殺されてたまるかよ。
 お前がいたから、今日は演技に熱が篭っちまったが」
「バカ!」

 匡平は阿幾の顔を思わず引っ叩いた。
 怒りでまともに思考が出来ない。

「だからって…あんな…っ!あんな事っ!俺がどんなにっ!」
「…俺がお前以外の奴に感じる訳ねぇだろうが」

 激昂する匡平と反対に阿幾は冷静だった。
 匡平を見る目は優しい。
 匡平はそれが悔しかった。
 どうしても見抜けない。いつも阿幾に乗せられる。
 
「…でも、今、勃起してんじゃん」

 不貞腐れて匡平は愚痴った。

「そりゃ、そういう事してっからな。気持ちいい訳じゃない」

 匡平は溜息をついた。
 結局はこの件で阿幾には勝てないのだ。
 吊るされた腕の縄に手をかける。

「じゃ、解くから。ツライだろ?」

 だが、阿幾は首を振った。

「脚だけでいい。この方が興奮すんだろ?」
「でも…」
「俺の前に立って壁に手をつけ」
「……っ」


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