「HERO」 その3

 

「うわ〜、超楽〜。ホント、今までどうして誰もやらなかったのかねぇ?」
「おいおい、自分の手柄にすんなよ。お前だって教えてもらわなきゃ、気付かなかった癖によぉ」

 幽を拘束している不良が呆れたように肩をすくめた。

「うっせぇーな。誰が考えようと、実行しなけりゃ意味ねぇだろ?」
 リーゼントはぐったりした静雄の頭を鷲掴みにして高々と吊るす。


「さすがに俺も心が痛むなぁ。いたいけな小学生を潰しても自慢になんねぇし。
 でもま、お前さんだけは別だ、平和島静雄ちゃん」

 もう一度、顔を近づけニタリと嗤う。

「植物人間にしちゃっても、カンベンな」


 再び、拳が静雄の顔面に叩き込まれた。地面に跳ねた衝撃が全身を食い散らす。
 ショックが強すぎて喉が震え、呻き声も殆ど上げられない。骨も筋肉ももうどんな状態になってるか解らない。

(ちくしょ…う)

 深い淵と過酷な現実の間を、意識が急降下で振り回される。失神したくてもさせてもらえない。
 手足が無事なら、あんな奴ら一瞬でぶっ飛ばしてやるのに。
 いつも要らないと思っていた力がこんな時に限って使えないなんて。


 それもこれも、あのバカなバイクを避けずに投げ飛ばした超バカ野郎のせいだ。
 俺のせいだ。
 俺が怒りに任せて動くから、こんな破目に陥ってる。
 何もかも俺が悪いのだ。だから、あんな下らない連中にリンチされている。
 殺されかかってる。俺のせいだから仕方ない。


 けど…。


「兄ちゃん!」
 幽は違う。幽は何も悪くない。
 ただ、俺の弟であっただけ。
 あんな卑劣な連中に捕まるような事は何もしていない。
 何一つ。
 俺を迎えに来てくれただけ。
 こんな俺を。

 救急車を呼びに行かせればよかった。俺が淋しいって、引き止めさえしなければ…。
 だから、幽だけは…。


「痛っ、こいつっ!」
 幽を捕まえていた不良が顔を顰めた。幽が男の指に力一杯噛み付いたのだ。腕が緩み、幽はその隙に逃げ出そうとする。
「兄ちゃん!」
「テメェ!」

 が、不良は逃がすまいと幽の頭髪を掴んで力任せに引き戻した。
 幽の顔が苦痛に歪む。

(…………!)

 その瞬間、静雄の中で何かが切れた。
 自分は自業自得だと思った。

 だけど、幽は、幽だけは―――。
 傷つくなんて、ほんのちょっとだって、傷つく事は許さない!!

「手前ぇらぁぁぁあああああ!!!」

 静雄の目が燃える。形相が変わる。空気が変わる。


「俺の幽に何しやがんだぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああ!!!!」

 身体のあちこちが骨折している。
 筋だって伸びている。筋肉も裂けている。
 散々殴られ、全身打撲といっていい。
 あちこち傷だらけ、服はボロボロ。頭や唇が切れて、顔は血みどろだ。
 普通なら激痛で動けるはずがない。動きたくても脳が止めてしまう。
 それ以前に歩くなど、肉体的に不可能だ。

 

 だが、その時、静雄は完全にそれらを忘れ去っていた。
 あるのは、幽を助ける事だけ。
 眼前の敵を駆逐し、薙ぎ倒し、完全沈黙まで撲滅するだけ。

 静雄は立ち上がる。
 立ち上がろうとする。

 が、折れた箇所がありえない角度で手足が曲がっている。
 でも、静雄は構わない。
 進むだけ。
 幽の紙を掴んでいる不埒者に思い知らせるだけだ。
 一体、誰の弟に手を出したのか。
 何処の誰の許可を得て、その薄汚い手で弟の髪を掴んでるのかと。

 進む。進む。一歩づつ進む。よろよろと。ぎこちなく、手足が不ぞろいな人形のように。
 当然、折れた骨が突き刺さる筋肉を含め、細胞が警告を発する。
 壊れる。壊れる。折れた骨が、伸びた筋が、歩く衝撃がこの身体を壊してしまうと。
 激痛を落雷のように脳に送りつける。

 でも、脳も、そして静雄自身も聞き入れない。
 そんなもの知った事ではない。
 とっくに何度も壊れた。これからだって壊れるだろう。

 だから、強靭になれ。
 前に進みたければ、変われ。鋭く強い鋼になれ。
 この命が、意志が望むままに。
 折れた骨の周りを筋で、腱で補強しろ。筋肉を研ぎ澄ませ。

 生きる為に。
 守る為に。
 救う為に。


 次へ  前へ

 

55 STREET / 0574 W.S.R / STRAWBERRY7 / アレコレネット / モノショップ / ミツケルドット