「臨也とイザヤ」 12

 

(シズちゃん…?)

 イザヤは立ち尽くしていた。
 静雄が倒れていく画面が目から焼きついて放れない。
 足元がぐらつく。
 頭がガンガンする。

(殺した? 僕はまたシズちゃんを殺してしまった!?)

 そんな訳がない。
 僕はシズちゃんとやり直そうとしてたんだ。
 臨也だけ殺すつもりだった。
 第一、 シズちゃんが死ぬ訳ない!!

「どうする気だ、松岡さん。
 命令には従わない。実験データも取れない。被験者には逃げられる。
 この結果をどうするんだ? 
 もう僕は庇い切れないよ?」

 口だけが別人のように動いてる。
 だが、イザヤの心はとうにここになかった。

「見つけますよ。
 静雄は化物だ。簡単に死んでる訳がない。

 仮に死んでたって、死体を解剖すればデータは取れます。
 あの細身の男があんな重いもの抱えて、遠くまで移動できる訳ないですから。
 何処かで放置してあるでしょう。

 大丈夫ですよ。何も心配はいらない。
 警備員に探索させてるし、カメラの監視も強化してる。
 通風孔も全部洗い出しますよ。
 あの男の身柄を確保できれば、静雄の居場所も吐かせられる。
 奴等は袋のネズミなんだ。逃げられない!」

 松岡が必死で言い訳を並べているが、どれも聞くに堪えない。
 銃がここにあれば、撃ち殺してやるのに。


 臨也が静雄を捨てていくだって? 
 独りで逃げ回るだろうって?
 
 僕ならしない、そんな事。
 シズちゃんを置いて何処かに行ける訳がない。

 だって、あいつもシズちゃんを置いて逃げなかった。
 理性的に言葉並べて、心にバリケード張って、シズちゃんを否定してる男が、あんなに必死になって、
 死に物狂いでシズちゃんを引き摺って助けようとしてた。
 守ろうとしてた。

 だから、今も彼らは一緒にいる筈だ。
 臨也は静雄から絶対離れたりしない!


 イザヤは内心嗤った。
 こんなに臨也を憎んで殺そうと思ってるのに、彼の場所を乗っ取ろうと思ってるのに、臨也が静雄を見捨てると
 考える事もイヤなんて。
 こんなにも守っていて欲しいと望んでいるなんて。

(矛盾だな)

 でも、それが僕だ。オリハライザヤだ。
 二つの世界の僕ら。
 重なり合う事が許されない二つの存在。
 どちらかが消える他はない。

(でも、どっちにしても臨也はいずれ静雄を殺してしまうんだ。
 だから、シズちゃんは僕を選ぶしかないんだよ)

 その考えに縋りたい。
 でないと、立ってもいられない。

 けれど、もし、今、静雄が死んでしまったら、そうしたらどうしたらいいのだろう。
 自分がこの世界に存在する意味すらなくなってしまう。

(シズちゃん…)

 イザヤは必死で拳を握り締めた。
 爪が皮膚を刺す程に。
 現実感が薄れそうだ。
 痛みだけが、まだ自分がこの世界にいると教えてくれる。

「あんたの弁解はもう聞きたくない。
 結果を示せ。
 二人を探し出すまで、僕の前に立つな」
「私は…」
「失せろ!!」

 イザヤは松岡にはっきりと背を向けた。
 他の研究員達は聞き耳を立てつつも、火の粉を浴びまいと身を低くして沈黙している。
 森厳は何処に行ったのか、部屋にも姿を見せない。

(シズちゃん…シズちゃん…)

 静雄が臨也をかばう為に飛んだ姿が画面に繰り返し写し出されている。
 それを食い入るように視続けた。

(何で臨也なんかかばうのさ、シズちゃん。
 嫌いじゃなかったの? 
 何度も殺すって言ってなかった? 
 でなけりゃ、こんなツライ想いせずに済んだのに)

 けれど、イザヤには解る。
 静雄は元々こういう男なのだ。
 相手が弱っていたら、放っておけない。
 自分の身を省みず、助けようとする。
 自分自身が嫌いだから、自分の身体に無頓着という訳では決してない。

 静雄は優しい。
 でも、その優しさが静雄を滅ぼしてしまいかねない。

(僕らには死のループしかないのかな。
 永遠にシズちゃんは手に入らないのかな。

 僕はただ、一緒にいたかっただけなのにね)

 人目を憚らず、顔を覆って泣き出したい。
 今は子供の姿なんだから許されるだろう。


 でも、それは出来ない。
 他人に涙は見せたくない。
 特にこんな場所では。

 静雄は怪物だ。
 その一縷の望みに縋るしかない。

 笑える話だと思う。
 かつて、怪物である事をあれ程疎み、憎んだのに、今はその強靭さにかける他ないなんて。
 イザヤは画面を一時停止して、そっと静雄の頬に触れた。

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