「うちゃやとしずお」5

 

(…今度はアクセサリー付か)
 そう思いたかった。思わず引っ張る。

「あいたたたたっ? 痛っ! シズちゃん、何すんのっ!?」
「…本物か」
 思わず泣けてきて、夢中でギュウッと抱き締める。

(うわぁ、やっぱりぷにぷにして柔らけぇぇえ)

 幸せで死にそうだ。もう逢えないかと思っていた。
 大人の臨也は憎たらしいけど愛しいが、子供のイザヤはもう何て愛くるしさだけの塊なんだろう。
 かわいすぎて、生きているのがツラクなる。

(しかもうさぎ耳なんて、俺を萌え死にさせる気かぁぁ)

「本物って。わぁぁああ! 何これ!?」
 少年も気づかなかったのだろう。
 自分の頭の耳に触れて仰天する。

「どっ、どうしよう、シズちゃん!? 俺、うさぎになっちゃった…」

 物事に動じないイザヤが珍しく本気で当惑している。
 弱りきったイザヤの顔は愛くるしい。目がウルウルしている。
 ホントにうさぎが怯えてるようだ。
 一層強く抱き締めて頬擦りしたくなったが、静雄はハッとした。
 イザヤがここにいるなら、本当の臨也は何処だ?

「お前、臨也は何処だ!?」
「ハァ? 俺だよ、俺! 見て解んない?」
「いや、臨也だって。…ああ、そうか。ノミ蟲は?」 
「だから…っ! 俺は…」

 腕を振り回して言いかけ、少年は自分が着ている服の大きさが異常な事に初めて気づいた。
 長すぎるコートの袖やだぶだぶの服に驚愕する。

「な、ななななな…っ。何で服が大きくなってんだ!? 
 俺、壁に頭ぶつけて縮んだっ!? 
 嘘だっ、嘘だっ! やだぁぁっ!」
 大混乱の臨也もかわいい。


「じゃあ、お前がノミ蟲か」
 静雄は臨也をまじまじ見つめた。
 珍しく臨也がパニックに陥ってるせいか、妙に頭が醒めてしまってる。
 池袋にいると奇妙な事態に巻き込まれてばかりいて、慣れてしまったせいか。

(それにどっちにしたってかわいい。
 ノミ蟲は小さい頃はイザヤと違うかも知れねぇと思ってたが変わらんな)

「とにかく、部屋戻るぞ。服をどうにかしないとな」
 抱っこし直すと、臨也は静雄の頭に小さな手で噛り付く。

「そうだよねぇ。これじゃ、シズちゃん、異常性癖の幼児誘拐犯にしか見えないもんねぇ。
 ねぇ、どうせ連れてくなら優しくお姫様抱っこで連れてってよ、うふ?」
「…………」

(小さくても、うぜぇぇぇええ)
 臨也は臨也だ。イザヤではない。

 ビシッと額に指パッチンする。
 子供でなかったら、元々二発殴るつもりだったからいいだろう。
「おごっ…」
 奇妙な声を上げて失神した臨也を抱いて、静雄は歩き出した。

 

「くっそぉ…シズちゃんたら乱暴なんだから〜」
 失神したまま、臨也は意識の片隅でぼんやり思った。

 訳も解らず子供になった上、うさぎ耳まで生えたのだ。
 精神的ダメージを考慮して、もっと優しくしてくれるべきなのに。

『何、言ってんの。自業自得じゃない』

 何処かで聞いた声が嗤っている。
 振り向くと、イザヤが両手で頬杖ついて、こちらを見ていた。

 もう一人の自分。
 今は臨也も子供の姿だから、生き写しのポジとネガだ。
 イザヤのコートには猫耳としっぽがついてるから、そこだけ違う。
 イザヤには散々ひどい目に合わされた。
 見るだけで血管が浮く。

「やっぱり、あんたか。これは何の真似だ?」
『だって、あんた、やっぱりムカツクんだもん。
 せっかく僕が席を譲ってあげたのにさぁ。
 わがままで自己中で、全然素直じゃない。
 シズちゃんにあんなに愛されてるのにバカみたい』
「それで俺をガキに変えたのか?」
 イザヤはせせら笑った。

『いーや。これは副作用。
 僕さ、やっぱ甘かったよ。あんたに対して。
 あんた、僕の頼みを聞いてくんないし、見てるのもイヤになっちゃったし。

 だから、もう譲るのやめたの。
 また、こっちに来ちゃった。
 あんたに退いてもらおうと思ったんだ、この世界から。
 あんたのいる座標に強制ダウンロードして、データを上書きさせてもらったよ』

「えっ!? そんな事したら…っ」
 二つの物体は同一時空にいられない。
 どちらかが一つ次元がずれるか、最悪、融合して核爆発を起こす。

『うん。あんたが消し飛んで、僕がいる筈だったんだけどさぁ。
あんたの存在の方がこの世界じゃ「強い」から、データ上書きになっちゃった。
 ホントに殺したかったのに』
 イザヤは忌々しそうに臨也に対し、薄笑いを浮かべた。

『だから、今のあんたは僕で俺。
 子供の姿になったのは、僕の影響だろうさ。
 表層意識はあんたの方が強いけど。

 シズちゃんが心配で僕のかけらをあんたの中に残していったけどさ。
 やっぱり未来からこっちを受信するだけってTV見てるみたいでつまんないね。
 立体映像には近いんだけどさ。
 シズちゃんが目の前にいるのに、何も感じないなんて。
 やっぱ直に抱き締められないと〜w』

 イザヤはうっとりと両腕で自分の体をかき抱き、体をくねくねさせる。
 臨也は本気でキレそうになった。

「冗談じゃない! これは俺の体だ! 出ていけ、変態!」
『変態とは失礼なガキだな、小僧。
 僕はあんたの未来で、ずーっと年上なのを忘れるなよ』
「シズちゃんをカスカに取られた腹いせに、シズちゃんぶっ殺した挙句、
 泣いて過去に逃げてきた負け犬に敬意を表す義理はないね」

『あー、言うじゃないか、クソガキ。
 せっかくシズちゃんと結ばれたくせに、自分の感情と矛盾に振り回されてばっかりの
 君は「逃げて」ないんですか?
 バカにバカ呼ばわりされたくないよ、全く。
 だから、僕がここに戻ってきたんじゃないか。
 僕みたいに素直に認めちゃえばいいのに。
 シズちゃん、好き好き好き〜〜〜って』

 臨也は苛立たしげにイザヤを睨んだ。
「それをやったら、俺が俺じゃなくなるだろ!プライドがないのか、あんたは!」
『んなもんに拘るから、一番大事なものを見失うんだよ、坊や』
 イザヤは鼻で笑った。

「坊や、言うな。意地も張れない人生なんか最悪だ」
『そんな事を言えるのは、あんたがまだ本当の最悪を知らないからさ、小僧』

 臨也は舌打ちした。
(あー言えば、こう言う)

 自分自身相手は、本当にやりきれない。
 手を晒したポーカーをやっているようなものだ。
 しかも、相手は手の内を幾つか残しているし、一方的に彼の人生に干渉もできる。
 人間のデータのみ未来から転送とは、全くネブラも厄介な発明をしたものだ。

「あんたが俺の人生をいくら欲しがっても無駄だよ。
 乗っ取らせる気はさらさらないから、ついでに聞くけどさ。
 この耳は何? 嫌がらせ? すっごい迷惑なんだけど!」

 イザヤは初めて半分バツの悪そうな笑みを浮かべた。
『いや〜、悪いね。研究所ってさ、実験動物多いじゃない。
 で、転送室にラビットの毛が一本紛れ込んじゃったみたいでさ。
 ご覧の有様。僕もちょっとびっくりしちゃった。
 まー、事故だね、不幸な。
 ほら、映画であったじゃない。【ザ・フライ】とか。
 あれは肉体を直に転送する実験だったけど、うっかりハエが混ざっちゃって、最終的にハエ男になる話』

 臨也は激怒した。
「事故だぁ〜? 俺もいずれはウサギ男になんのかっ!?」
『さぁ、ハエ一匹丸ごとじゃなくて、毛が一本だから耳としっぽ以上はないと思うけど』
「しっぽぉ!?」
 臨也は慌てておしりを確認した。ふわっとした丸いものが手に触れる。

(ああああああああああああああああ)

『気づいてなかったの? 意外にドジっこだね、あんた』
「他人事みたいに言うなぁっ!!」
『だって、ホントの僕の体じゃないしぃ。
 僕の本体は未来だもん。
 僕は枝分かれした未来の一つだから、過去のあんたとは無関係だからさ』
「関係ないあんたが、過去の俺に勝手に干渉しといて知らないはないだろ!」

 臨也はイザヤの胸倉を掴んだが、イザヤはニヤニヤ嗤った。
『これでも、多少はあんたを心配してやってんだぜ? 
 何せ、僕のかわいい過去の自分だからさ。
 ま、いい機会じゃないか。これをきっかけに素直になれよ。
 当分、あんたはシズちゃんに頼る他ないんだから』

 胸を握っていた筈の感触が薄れる。
 同時にイザヤも意識の奥底へ消えていく。

『ほら、現実世界でのあんたがお目覚めだ。
 またな、坊や』
「だから、出てけっ!…おい、バカ! クソ野郎っ!」


「誰がバカでクソ野郎だ、ノミ蟲」
「え?」

 気づくと、静雄が心配半分、怒り半分で自分を覗き込んでいる。
 さっきまで見てた静雄の部屋の天井で、静雄のベッドに寝かされているのだと解った。

「あ…」
 臨也は瞬きした。夢ではないだろう。
 何より子供のままの自分を考えれば。
 忌々しいが状況を受け入れるしかないらしい。

(全く何で俺が自分にバカ呼ばわりされないといけないんだよ。
 しかもシズちゃんが原因で!)

「やだ、起き抜けにバカ見ちゃった」
 溜息をつくと同時に鉄拳が降ってきた。

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