「バカ、入れすぎだ。貸してみろ…」
 と、言いかけて神田は黙った。何となくアレンの姿が妙なのだ。
「おい、モヤシ。立ってみろ」
「はい、何ですか?」
 立ち上がったアレンを見て、神田は絶句した。着付けがおかしい。帯を脇の穴から通 して身体に巻き付けている。襟が女と同じ左合わせで、しかも丹前の上から帯をもう一本巻いていた。しかも裾が思い切り割れて、素足が丸見えだ。髪も赤いゴムが女の子のように結んでいる。
「エヘヘ、着物、神田とお揃いですね」
 アレンは、はにかむように笑った。


(……か、かわいい)


 怖ろしく間違っている格好なのに、それでもかわいい子は何着てもかわいい。だが、神田はだらしないのが大嫌いだった。そういえば、さっきの連中も妙な格好をしていた。あんな姿を他の客に見られたら、教団、いや英国の恥だ。後で捕まえて直してやらないと気が済まない。
「何処がお揃いだ。自分で変だと思わないのか?」
「えっ、そうですか? リーバー班長はいいんじゃないって言ってましたけど」
 アレンの顔がサッと曇る。浴衣など知らないのだから仕方がない。温泉に来る前に教えればよかったのだが、同時に日本の事も思い出すのが嫌で話題を避けてしまったのだ。神田は妙に済まない気持ちになり、素っ気なく言った。
「班長が解る訳ないだろう。まず、一旦脱げ。俺が直してやるから」
「は、はい」
 アレンは素直に浴衣を脱いだ。下着と浴衣一枚残した姿で止める。
「一回しか教えないからやってみろ」
 アレンは神田の指示通り着てみたが、神田は気に入らない。両腕を上げさせ、着付けを直してやる。
「襟はこっちが上。男と女の合わせは逆なんだ。浴衣だからあんまり締めすぎなくていい。いや、じっとしてていいから。後、男は腰で着るんだよ。女みたいに腹の所に帯、結ぶな。髪はまぁいいか。風呂で濡れるから結んでいる方がいい」


「おー、甲斐甲斐しいねぇ、ユウ」


 籐椅子に座っていたラビは二人を見ながら囃し立てた。神田はギロリと振り返る。
「そーゆー手前はイヤにキチンと浴衣を着てるじゃねぇか」
「そりゃ、ブックマンの知識は森羅万象、津々浦々だからさぁ」
「じゃ、何でみんなを着付けてやんないんだよ、ラビ」
「そりゃ、俺は個人の独創性を大事にしてるからさぁ。それに俺よか日本人が教えた方がいいっしょ。神田に失礼だし」
「素直に面倒臭いって言えよ」
「みんな、せっかく神田と親睦を深めたいと思ってるのに、俺が出しゃばっちゃおかしいじゃん」
「そう言うのが出しゃばりっつんだよ、ラビ!」
「お〜怖、お〜怖」
 ラビは大袈裟に肩をすくめたが、何とも思ってない証拠に買ってきたみたらし団子を口に頬張る。
「あんまりさぁ、キリキリしてると血管詰まって早く死んじゃうよ、ユウ」
 食べない?と団子を勧めるラビの手を神田は振り払った。
「ふざけるな、手前はいっつも…!」
「ま、まぁ、よして下さい、二人とも。せっかく温泉来たのに、ね? ここの大浴場、景色がとても有名なんですって。一緒にお風呂入りませんか?一回三人でゆっくり話してみたかったし」
 アレンが見かねて止めに入った。ラビはにっこり笑って頷く。
「あ〜、いいね、アレン」
「俺は行かない」
 神田はそっぽを向いた。アレンは悲しそうな顔をする。
「神田……」
「いーじゃん、アレン。神田は玉の肌を誰にも見られたくないんさぁ」
「何っ!?」
「ま、まぁ。もうラビもやめて下さい。ね、機嫌直して、神田も一緒に行きませんか?」


 行きたくない訳ではない。アレンと一緒ならば。

 だが、三人一緒は嫌だったし、それをよりにもよってアレンが言い出したのも気に食わなかった。何でここでラビの肩を持つのだ? お友達つき合いを優先しなくてはいけないのだ? 俺の性格を知ってる癖に。それに大浴場など論外だ。だからこそ離れにしてもらったのに。
 ラビが神田の心を見透かしたように、ニヤニヤと笑みを浮かべているのを必死で無視する。
「いいんだ、俺は。お前ら二人で行けよ」
「強情張りだねぇ、ユウは。いいの?俺、アレンの裸見ちゃうよ?隅から隅までずずずいーっと」
「ラ、ラビ!」
 アレンが真っ赤になる。
「み、見ればいいだろう!男同士なんだから!何で一々俺に断るんだ!」
「え〜、だってさぁ〜」
 ラビは意味ありげに二人を見た。神田とアレンは真っ赤になる。
 神田の意固地な性格が祟って、二人が本格的につき合いだしたのはここ最近だ。勿論、外部には絶対バラしてないつもりだったのに、ラビはとっくにその事に感づいているらしい。滅多に教団に現れない癖にブックマンの情報網恐るべしである。
 指摘されて、神田は余計につむじを曲げた。アレンは俺と風呂に行くから、お前は遠慮しろと言えないのが神田の悪い癖だ。
「だってもクソもない!勝手に行けばいいだろう!」
「神田ってば…」
 アレンの縋るような目に神田はうろたえた。元々、不器用な上に人付き合いを故意に避けてきた。自分に嘘を突き通 せなくなって、結局アレンを受け容れてしまったが、日が浅いせいかまだぎこちなさが抜けない。
 別にアレンの事を怒っている訳ではない。手が自然に動いて、少し乱れたアレンの襟元を直してやる。
「お〜お〜、どうせすぐ脱がすのに甲斐甲斐しい事で…」
「ラビッ!」
 神田のこめかみに血管が浮く。
「お〜怖、お〜怖」
 どんなに怒っても、ラビの柳のような余裕は崩れる事がない。
「ほら、行こ、アレン。馬鹿は放っておいて」
 カランとラビの下駄が鳴る。
「あの、神田。僕、待ってますから」
「いいんだ、お前も行ってこい」
「でも…」
「くどい、モヤシ!」
 神田は胡座をかいて座布団にドンと座った。
 アレンは困惑した表情のまま、静かに襖を閉める。下駄を突っかけて、ドアがパタンと閉まる音が遠くで聞こえた。

 

「…………………クソ」

 

 一つ声を吐き出し、神田は畳の上に大の字になる。
 自分が本当に馬鹿だと思った。

 

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