「時間空いたならいいっしょ? 一緒にお風呂に入って、一緒に卓球して、一緒に宴会席でご飯食べよ」
「ええ? でも、僕は…それに神田は…」
「今、焦らすって言ったじゃん」
「それは…」
「だから、いいっしょ? どうせ、神田は離れから出てこないぜ? アレンの事、気になって出てきたいだろうけど、馬鹿だから意地張って出てこない。アレンの事、一日中グルグル考えさせとけばいいんさ」
「その後、ちゃんと仲直りできるんでしょうね」
 アレンは眉を顰めた。怒っている神田より、ふて腐れた神田の方が始末が悪い。師匠のように五倍になって返ってくる恐れがある。
「そりゃまぁ、アレン達の問題だろ? 駄目ん時は駄目だし、うまくいく時はいく。こんなの荒療治の内にも入らねぇよ」
「そうかなぁ」
「そ、ここで折れたらつけ上がるよ、アレン」
 アレンはラビについて大浴場に向かって歩き出した。ラビの横顔は楽しそうである。恋の駆け引きは出来ないと言いつつ、ラビにうまく乗せられた気がする。
(ホント、ラビを好きになった方がよかったかもなぁ)
 ごく平凡に楽しくて、笑い合って、普通の年齢の恋人達みたいに。
 今までの恋愛遍歴が重たいものばかりだけに、リナリーやラビのような友人タイプとの恋愛には憧れがある。


(でも…)


 先に神田を好きになってしまったのだ。
 自分も不器用で一途な面があるのをアレンは解っている。そう簡単に割り切って、人を好きになれるなら苦労はしていない。

「な、アレン。ところでお前、大浴場で平気?」
 左手の事を言っているのだろう。アレンは笑った。昔は完全にトラウマだった腕の事もマナや師匠のおかげで、人目も差程気にならなくなっている。ただ、他人の前で全裸になる事に抵抗はあるし、奇異の目がつらくない訳ではない。嫌がる客がいるなら、諦めて家族風呂に移るだけだ。
「そうですねぇ。今、早い時間だから人も少なくて、大丈夫じゃないですか?」


 そこへ大浴場の脱衣所から、ゾロゾロとフード姿のコートをまとった五人組が出てきた。フードを深くかぶっており、顔が見えず、足音もしない。
「大元帥だ」
「えっ?」
 二人は慌てて脇に避ける。挨拶したが、見向きもされない。
「何か……こんな時でもコート脱がないんですねぇ」
「俺達とは気構えが違うんしょ。俺……機械音と歯車の音、聞いちゃったぁ」
「わぁ……怖いからやめて下さいよ、ラビ」
 冷や汗を流しながら、脱衣所の扉に手をかける。が、突然、凄まじい悲鳴と共に客達が飛び出してきた。浴衣を小脇に抱えたまま部屋に駆け戻っていく。
「な、何でしょう?」
 ガラッと扉を開けると、何も先が見えない。白っぽい黄金色の壁が立ち塞がっている。

「………?」
「何だ、こりゃ?」

 二人は柔らかい壁を掻き分けて、何とか部屋の中に入り込んだ。
「何か……服みたいですけど…綺麗ですね。鱗だか、羽だか……素材が解らないや」
「あ……この服、チャックがある」
 二人は思わず顔を見合わせた。

「ヘブラスカ!?」
「チャックって、あの中、人が入ってるんですか!?」

 二人の顔から冷や汗が流れた。
「いや〜、しかし、ヘブラスカだって温泉に入りたいだろうしぃ」
「こ、このドア開けるとどんなスペクタルが待ってるんだ…」
「ええっ!? 開けるんですか?」
「だって、お前、見たくねぇの?」
「うう〜、見たいような見たくないような」
「俺、前からヘブラスカが何なのか知りたかったんだよな〜」
「でも、こんな大きい服を一人で着れる訳ないじゃないですか。あの大きさだと数十人は……」
「いやだから、是非…」
「………やっぱり止めましょうよ、ラビ。さっきのお客さん達、見たでしょう?」
「こ、怖いのかよ、アレン」
「ラビだってビビってるじゃないですか〜」


 ラビは思い切って扉をそっと音がしないように開けた。アレンも恐る恐る脇から顔を出す。うふふとかアハハとか笑い声が聞こえた。他にもまだ普通 の客が入っているなら心配ないのだが。
 覗き込むとまず目に入ったのは、ゴーレム達の群だった。みんなで小さい子供風呂でチャパチャパやっている。ティムキャンピーも一緒に潜ったりして遊んでいた。

(何だか『千と千尋』みたいだなぁ)

「ヘブラスカは?」
「いや、もっと奥にいるらしくて」
 ラビが身を乗り出した時、突然後ろで扉が開いた。びっくりして涙目の二人が見返すと、大元帥達が立っている。


「あ、あの…また入られるんですか?」
「………………タオル、忘れた」


 言うなり、ゾロゾロ入ってくる。幽鬼かリッチの群に取り囲まれたように悪寒が走り、二人は慌てて外に転がり出た。

「お、俺達、結構異世界にいるんだなぁ、アレン」
「本部にいると普通になってたんで忘れてました」
 二人は顔を見合わせる。
「やっぱり家族風呂にしよっか」
「ええ、僕達、ゆったりしに来たんですから……」
 ラビ達は扉に『貸し切り』の札を下げるなり、その場から逃げ出した。

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