(楽しいかも知れないな、ラビとなら)
 話術が巧みで、明るいラビとなら、相性も合うだろう。神田ですら、ラビの軽薄な部分に苛立ちながらも、かなわないと思う時が多い。ラビは相手を退屈させないし、自分のような陰気で短気な人間より、余程一緒にいたいと思うのではないか。
(全く、モヤシは俺なんかの何処がいいんだ?)
 神田にもそれがよく解らない。

『神田の事、全部好きだから、今更何処なんて解らないです』

 アレンに告白された時、困ったように笑っていた。
 全部。自分を全部。
 神田でも自分自身始末に負えないと感じる事もあるのに、真っ向から全肯定されたのは生まれて初めてだった。

『感じ悪い』
『嫌な野郎』
『そんな言い方をする事はないだろう』
『冷たいね』
『誤解されても平気なんだな』

 とは、さんざん中傷されたし、アレンにもそういう態度を取った。
 だけど、アレンは揺るがない。
 いつも笑って、自分を受け容れてくれる。当たり前みたいに側にいる。
 それが普通だと思い始めていた。


 けれど。
 いなくなるのは、こんなに単純だ。


 いつも自分から手を伸ばそうとはしなかった。当然の報い。
 神田は浴衣から覗く白い腕に目をやった。アレンの肌はもっと白かったなとぼんやり思い出す。
(何だ、俺は。何、自分を全否定してる気になってるんだ)
 まるで自分が無価値みたいに。
 アレンがいないだけで、そんな気になるなんて。
(…んな訳ねぇ。ちょっと気が滅入ってるだけだ。久しぶりに日本にいるから。やな事色々思い出しちまったから)
 アレンの存在だけで自分の心が揺らぐ訳がない。
 モヤシなど、呪われてて、甘っちょろくて、顔に傷があって、目の色がクルクル変わって、左手が深紅で皺だらけで、背が低くて、生意気で、出しゃばりで、強情で、真面 目で、不器用で、抜けてて、食いしん坊で、誰にでも優しくて、親切で、かわいくて、一途で、泣き虫で……嫌いだ。全部。あいつのそういう所が全部気に障る。
 他にもある。あいつは………。

(……あいつは?)

 神田はふと気付いた。

(どうしてそんなに嫌おうとしてるんだろう、俺は)

 忘れようと、この想いを潰そうと躍起になっているのだろう。
 どうしてそんなにも、たくさんの理由を挙げなければ埋められない程、この想いは深いのだろう。
 神田は愕然とした。

 

 そんなにも

 

(俺はモヤシの事が)

 

 好きなのだ。

 

 そんなにも大きくなっていた。たった数ヶ月、数回しか会っていない少年の存在が。
 天井にランプが吊されている。神田はかざした腕の隙間から、その揺れる灯を見つめた。はたはたと入り込んだ夜燈蛾が音を立てて飛び回っている。
 否定したくても、もうここには自分しかいない。その灯が自分の心を鮮やかに浮かび上がらせている。
(好きなんだ)
 側にいなければ、立っていられない程。
 ノックの音がした。間があった。神田が開けてくれるのを待っている。
 神田は立ち上がった。
 闇の中にアレンが立っていた。
「ごめんなさい……やっぱり来たくて…」
 アレンはいつものように透き通るような笑みを浮かべていた。
「我慢できなくて……宴会、抜け出してきちゃいました」
 神田はアレンを見つめた。
 庭で雨に打たれている白菊のようだなと思った。

「入れよ」

 思わず声が掠れた。
 嬉しい。なのに、自分でも愚かしい程、声の響きは素っ気なかった。

 

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