「バ、馬鹿も休み休み言え! こんな奴の父親だと!?」
「この子の手は生まれつきだ。遺伝でね。かわいそうな事をした」
 肉屋は驚きの余り、大きく顎を落とした。
「こんな手が遺伝なもんか! しょ、証拠があんのかよ!」
 マナは軽く肩をすくめた。
「あんまり、見せたくないんだけどね」
 マナは膝をつき、ズボンの裾を少したくし上げた。履いていた靴下を下ろす。
「ウエ…ッ!!」
 少年とは比べ物にならぬ程、醜く真っ黒な棒杭が現れた。イボやあばたで覆われ、マナが呼吸するたび、不気味にそれらが別 個に生きているかの如く脈打っている。気の弱いご婦人が小さな悲鳴を上げ、群衆の輪が彼らを避けるようと少し広がった。余りのグロテスクさに吐き気を催し、肉屋はもういいと手を振った。
 マナを化け物と見るか、人間と見るかしばし決めかねたように逡巡する。だが、商売人の金銭感覚が訴えたのだろう。とりあえず、人間として向かい合った。
「あんたがこの子の父親だってのは解った。なら、代金はちゃんと戴かねぇとな。それと店先でこんな騒ぎを起こした迷惑料」
 マナは笑った。
「嫌だな、オヤジさん。こちらに非があれば認めるが、この子は潔白だよ。こっちこそ名誉毀 損で訴えたいところだ」
「め、名誉…何だって!?」
 聞き慣れぬ言葉の羅列に肉屋は思わず目を白黒させた。
「この子は泥棒の汚名を着せられた上、あんたに暴力をふるわれた。きちんと謝ってもらいたい」
 マナは普通の言葉に置き換え直した。肉屋は不機嫌に彼を睨み付ける。
「あんた、学者さんかい? 馬鹿にすんなよ。言葉で煙に撒こうったってそうはいかねぇ。こっちにはちゃんと目撃者がいるんだ。悪いのはあんたのガキだ。それとも、あんたがブタ箱に入るってのかい」
「無実なのに? 一方的に決めつけるより話をしようよ。
 あんたはここら辺で気前のいい親切な肉屋で通ってる。
 大事なもも肉を盗られて、頭に来るのは解るけど、こんな小さな子を人前で痛めつけて、あんたのイメージを悪くするのはよくないよ。せっかくのクリスマス気分も台無しさ。それより、分別 のある思いやりを発揮する方があんたの株を上げると思うな」
「俺にクリスマス・キャロルのスクルージを気取れって?盗人猛々しいにも程があるぞ!」
 肉屋は街のダニが何言いやがるという顔をした。
「だから、それはあんたの思い違いさ。あんたの鳥の丸焼きが余り見事だから、つい眺めてしまったのかも知れないけど、それも罪になるのかい?
 この店の鳥の丸焼きはちょっとここらじゃ有名だからね。さぞ素晴らしい秘伝のタレを使っているんだろう?」
「もちろんだとも」
 肉屋は胸を張った。
「焼くのだって、あんたの熟練の腕がなくちゃ始まらない」
「そうともよ」
 肉屋は胸を張りすぎて、シャツのボタンが全部ポーンとシャンパンの栓のように弾け飛んだ。
「そいつは凄い! 是非間近で拝見したいな」
 マナは出入り口に向かって歩き出した。
「おい、ちょっと待て!店の中に入ろうってのか!?」
「目抜き通りのど真ん中で騒ぎを続けるなんてみっともないよ。それにオヤジさんも大事な掻き入れ時じゃないか。こんな事で大事な時間を無駄 にするつもりかい?
 ほら、お客さん達がどんどん買い物を済ませて帰っちゃうよ。
 大丈夫。僕らは裏口から招待されるさ。問題を片づけたいなら、そこから警察でも何でも呼べばいい。
 それとも、その小僧さん一人に店のカウンターを任せるのは大変かな?」
 肉屋は腕組みし、初めてマナを上から下まで値踏みするように見つめた。マナは笑う。
「オヤジさんは親切だけど、頭もいいって僕は思ってる。ここで話すのも得策でないって事もさ」
 肉屋は鼻を鳴らした。この青年は気に食わないが、バカに出来ない所がある。
  それに彼の腕はマナの3倍はあった。このインテリ崩れのノッポ相手なら、物の五分もかからずに片が付くだろう。マナの腕を折るのは容易いが、か弱いご婦人の耳に快い響きではない。みんな『怖い事』が好きな癖に、ハエを叩き殺すのが趣味の人間を友人にはしたがらない。
 それに今夜はクリスマスだ。
 この騒ぎは人を集めてくれたが、一銭の儲けにもならない。店先を塞いでしまい、背伸びしても状況を見れない客はさっさと向こうへ行ってしまう。せっかくの客がよその店に入っていくのを見ているが我慢ならなかった。
(この小僧は確かに信用できねぇけどな)
 肉屋は横目で小僧をチラリと眺めた。
(ここは寒すぎて、どっちにしても客が我慢しきれまい)
「いいだろう」
 慈悲深い領主のような威厳を見せて頷くと、体中からクリスマス精神を発散しながら、肉屋は群衆に向かって両手を広げた。
「紳士淑女の皆さん。せっかく足を止めて下さった皆さんに失礼だ。タイムサービスで今のセール札から、2割引をお約束するよ」
 客達がワッと店のカウンターに群がった。肉屋に背中をド突かれた小僧は慌てて店内に駆け込む。
 肉屋はそれを満足そうに眺め、親指でクイと裏口を指差した。
 マナは頷き、少年に向かって手を差し出した。少年は慌てて異形の左手をポケットに突っ込み、右手を滑り込ませる。
(手は繋いでくれるんだ)
 小さな手の感触にマナは嬉しくなった。

 

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