「春謳う猫」7

 

 下着越しにギュウッと軽く握られる。

「だっ、だめ…だっ…あぁっ!」

 阻もうとした言葉は頭蓋骨まで駆け抜ける圧倒的な快感に押し潰された。
 強く刺激を与えた指は、今度は優しくゆるゆると形をなぞるように幾度も撫でられる。
 そして、また大きさの変化を愉しむように柔らかく握られた。
 そのたびに夏野の脚は若鮎のように跳ねる。

「ふぁっ…あ、やぁっ!」

 夏野は過ぎた快感をやり過ごそうと身をよじった。
 強弱をつけた刺激に頭が狂いそうになる。

「あ…あっ、はっ! んんっ!」

 恥ずかしい程、声が甘く上擦った。
 自分の声が恥ずかしくてたまらないが、どうにも抑えきれない。
 腰がズキズキする。体の芯が疼いて仕方がない。先細りの水が零れて、下着を濡らす。
 染みをもっと広げようと、徹は刺激を強めた。

「んぁああっ、だ、だめ!」
「夏野…」

 徹が満足そうに熱っぽい目で夏野を見つめている。
 愛おしげに頬や首筋にキスされた。くすぐったくて気持ちいい。

「名前で呼ぶな…って、言ってる…だ…ろ」

 見られてるのが妙に癪に障って、押しのけようとしたが手に全く力が入らない。
 却って、やんわりと指を絡めて、シーツに押し付けられた。そのまま深く口づけられる。

「…んんっ」

 抵抗をなくした隙に、下着越しで物足りなくなった指が、下着の中に潜り込んできた。
 先細りの水で濡れそぼれていたそれをきゅうっと握る。

「んんんっ!」

 布越しとは違う甘い衝撃と直に触れられた驚きに、夏野は一瞬目を見開いた。
 口蓋の中で夏野の舌が暴れる。
 が、幾度か擦り上げられただけで抵抗は呆気ないほど解かれた。
 徹が唇を離して見下ろすと、半分程開いた夏野の瞳は熱く潤み、陶酔に酔っていた。
 指が軽く鈴口や筋を擦るだけで、吐息が幾つも濡れた唇から零れ落ちる。
 桜色に染まった肌も乱れた髪も徹の愛撫が生み出したものだ。そう思うとゾクリとした。

(綺麗だ…)

 こんな時ですら、夏野の色香は清潔さを失っていない。
 その分一層、妖艶さが際立ち、徹の劣情を刺激する。
 夏野の腰を浮かせて、ジーンズと下着を一気に引き抜いた。

「あ…」

 完全にあらわにされて、夏野は当惑したが、徹は余裕を与えなかった。
 太腿を撫で、そのまま手のひらで優しく押し包む。それだけで夏野は甘い息を漏らす。
 もっと乱れた姿が見たくて、徹は浮き出た筋を辿り、くびれた部分をコリコリと擦った。
 同時に袋もやわやわと揉んでやると、夏野はイヤイヤするように首を振る。

「あ…ああ、あっ!」

 夏野の足先がシーツを蹴った。徹の手は扱くたび、溢れてくる水で濡れそぼれる。
 耳を打つ水音の恥ずかしさに、夏野は唇を噛み締めた。

「凄っげ、ぬるぬる…。そんなにいい、夏野?」
「バッ…バカ…! んんんっ! あ!」

 硬く張り詰めたそこを強く扱かれながら、胸の赤い突起に口づけられた。小さく噛まれる。
 夏野は徹の腕の中で身悶えた。

「んあああっ、そこ、やめ…っ!」
「夏野、胸イイんら…」
「やっ、ひゃべり…ながら吸う…らっ!」

 夏野の舌は震えもつれて、まともに言葉を紡ぐ事も出来ない。
 徹の頭を抱き締めたまま、男だから解る的確な愛撫に翻弄され続けた。

「うあ…っ、ア…ンッ、徹ちゃん…っ!」

 徹の思うままにされ、あられもない姿を晒しているのが恥ずかしくて、少し悔しかった。
 だが、初めての悦楽に全く勝てない。
 徹の望むまま、ただ声を上げ、快楽に酔う。
 いつしか自分から腰を揺すり、より感じる場所を気づかせたくて徹の手に擦りつけ始めていた。
 そんな自分を止められない。

(知らない…こんなの…っ!)

 自分の奥底にこんな自分がいたなんて。
 徹に触れられるのを、こんなに望んでいたなんて。

 両親が言葉ばかりで、余りスキンシップをしてこないせいだろうか。
 夏野も自分から他人と触れ合う事は余りしない。
 拒絶はしないが、一歩距離を取る。
 だから、性の関心がやや薄かった。
 恵からのあからさまな好意を流せる程大人でもなく、ただ煩わしかった。

 だけど、徹だけは別だ。
 彼は何故か昔から知ってるような気にさせる不思議な雰囲気を持っていた。

『名字じゃまぎらわしいから名前で呼びたいんだけど』

 名前は夏野のトラウマだ。それについて、他人と話す事すら煩わしい。
 二度と会わないと思いつつ、気難しい夏野が初めて自分からもう一度歩み寄った。
 何となく離れ難かったのだ。

『お前んとこの親から聞いたぜ。夏野』

 トラウマに親と、二重のお節介。
 その時もムッとしたのに関係は深まるばかりだった。
 これが他の人間だったら決して続かない筈なのに。
 徹から肩を抱かれて笑い合う事も、トンと胸を叩かれる事も、爽やかで自然でいつしか受け入れてしまえた。
 構ってはくるが、決して押し付けがましくない。
 いつも優しく、冗談ばかり言って、気が利くし親切だ。

 いつしか、徹がいないと物足りないと思うようになり、夏野は徹の部屋に陽だまりで眠る猫のように居ついた。
 自宅より徹の傍にいる時間の方が長かった。
 二人きり部屋にいれば、空気の密度が濃くなる。
 徹の存在を意識し出したのはその頃からだろうか。
 彼の背中に物思いに耽るようになったのは。


 それでも(徹ちゃんとならキスしてもいい)程度だった。
 初心もいいとこだ。片思いに浸っていた恵と何ら変わらない。
 こんな熱情を分かち合う事になるとは想像もしていなかった。
 お互い初めてのキスで満足してしまうと思ったし、自分達がこんなに歯止めが効かなくなるとは想像もしてなかった。
 だが、躊躇いも恥ずかしさも、初めての抱擁の激しさにただ押し流されていく。

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