「とにかく神田を捜しましょう」
アレンはせかせかと歩きながら言った。ラビとの距離を常に7m程空けている。ラビが呼んでもスピードを緩めようとしない。
「待つさ、アレン〜。この機械はウソさ〜。俺、ホントそんな事考えてねぇって! 俺を信用するさー! ただの誤解だって!」
「そうやって信用させて、図書館に連れ込んで、僕をどうしようっていうんです!?」
「どうもしないさー! とにかく待てって! もう、人間て、こんな暗黒面ばっかじゃねーって! 機械の方がおかしいさ!」
ラビはようやく追いついて、アレンの肩を掴んだ。振り向かせる。
一瞬、ラビはドキッとした。アレンが少し涙ぐんでいたからだ。
「……信じてたんですよ? ラビは優しいなって」
「じゃ、アレンは俺より機械を信用するさ?」
「……今、解らなくなってます」
アレンは呟いた。
「本当にあんな事少しも考えてないって言い切れますか?」
「え? うーん、正直に言うと、ちょっとは思った」
「……やっぱり」
「でも、あんな図書館でどーこーなんて、ない! 絶対!」
「…………」
だが、アレンは項垂れていた。いたたまれない。ラビは天を見上げて溜息をついた。
「しゃあねぇなぁ、もう! じゃ、さっさとユウんとこ行くさ。それでユウがアレンの事、どう思ってるか解るじゃん。機械が正しいかどうか」
アレンは頷いた。が、急に立ち止まる。顔が真っ青だった。
「やっぱり辞めましょう」
「え、どうして?」
「だって、神田が僕の事、ウザイとか面倒臭いとか思ってたらどうしましょう。僕、ホントに嫌われてたら…」
ラビはアレンを見つめた。アレンは本当の本当に神田が好きなのだ。悔しい程に。
(奪いてぇなぁ)
胸が掻きむしられるようだった。
(ああ、ホントにユウから奪っちまいてぇ)
アレンが今、心を痛めている相手が自分だったらいいのに。卵のボタンを押せば、卵はアレンの神田への思いを蕩々と語るだろう。だが、見たくなかった。解りすぎる想いを文字として突きつけられたくはなかった。
(人の心の中なんか、やっぱ知りたくねぇなぁ)
神田は回廊の柱に凭れて座っていた。
機嫌が悪いようないいような曖昧な顔をしている。涼しい風が彼の長い髪を揺らしていた。
ラビはボタンを押しっぱなしにした。感づかれると色々うるさいからだ。
「………あの、神田」
アレンは気まずいながらも呼びかけた。
「何だ、モヤシ」
神田は目を向けた。先刻のような冷たさはなかったが、胡乱げにラビに目を留める。ラビは画面 にチラリと目をやった。
『何だ、モヤシ』
至ってシンプルな一文のみである。
(……あれ?)
ラビは首を傾げた。さっきまではあれほど長文を見せつけられたにしてはおかしい。
「すいません、僕。色々、言い過ぎました。ごめんなさい」
神田はじっとアレンを見て、小さな溜息の後俯いた。
「別に………気にしてねぇ」
『別に………気にしてねぇ』
(…………あれれ?)
ラビは当惑した。あれだけアレンと任務の間中ガタガタあっただろうから、さぞやアレンにまつわる心の丈が拝めるかと思ったが、卵は妙に沈黙している。
「あの、まだ怒ってます、か?」
「怒ってねぇよ。あんな事はよくある事だ。あいつらにはあいつらの言い分があるし、お前にも言い分があるだろう。言わねぇ方が気持ち悪いからな」
『怒ってねぇよ。あんな事はよくある事だ。あいつらにはあいつらの言い分があるし、お前にも言い分があるだろう。何も言わねぇ方が気持ち悪いからな』
(……ええ?)
「アハハ、やっぱり神田だ。そうですね。そう言われた方が却ってすっきりします」
「フン……」
神田はそっぽを向いた。
『フン…』
(機械の調子が悪いんかな?)
ラビは画面をいぶかしげに眺め、アレンに向かって卵を向ける。
「アレン、ちょっと?」
「はい?」
アレンは振り返った。
『よかった。神田はホント短気だけど、後引かないんですよね。先に謝ると大抵許してくれるし、楽でいいや。師匠なんて、怒らせたらしつこいからなぁ。全く…』
「あ、正常だ」
「どうしたんですか、ラビ?」
「ん〜、これがさ…」
アレンは画面を覗き込んだ。自分の『心』を見せられて仰天する。小さい声で抗議した。
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